さすがに、車に乗ることにも慣れてきた今日この頃ですが……ただ、それだけの日々です。バイトさえまともに増えないって、やっぱり田舎のデメリットだと思います。まともに働けねぇ。
東方も相変わらず動きが無いですし……弟たちは学校が始まってしまったので、一人家に残るせいで疎外感がひどいです。いい加減働きたい。
そんなわけで、今日も『アナザーデイズ』です。まさに、時間があってもネタがない典型。本当はこんな状況に陥ってはいけません。
アジトの中は常に光が届かず、肌寒い空気の変化が朝を告げる手がかりだった。
とはいえ、基本的に見張りをしていたメンバーの誰かが朝を告げ、そのまま全員を起こして眠りに入ってしまうのがここでの朝の目覚めらしい。
ただし、その日の朝は一人だけ、見張りでもないのに眠ることが出来なかった人間が居た。
「…………」
「よぉ、コール。昨日はよく眠れたか?」
「目元にクマができるくらいだ」
「そりゃよかった」
「……あんたはケガ人を別の要因で殺す気か?」
まるで朝日のように明るく笑い飛ばすグレーを、コールは殺気の籠もったとてつもない目で見ている。その様子を端から見れば、洞窟の暗闇全てがコールの元に集っているかのような、そんなどす黒いオーラを放っているように見える。彼が握っているペンが、なぜか小刻みに震えていた。
相手がここのボスだというのに、これ以上ないほどの殺意を纏うコール。それに名に食わぬ顔で応答するグレー。それを見れば、さすがに周囲はざわめいていた。
……その様子を気にも留めず、現状を飲み込めていないスノーだけは、欠伸をしながら外に歩いていってしまったが。それも、二人が朝から静かに対峙しているというのに。
スノーが歩き去っていく姿を視線で追ったグレーは、静かに怒りをたたえるコールに向かって。
「昨日は何事もなかったみたいだな」
「あんたは一体何を望んでたんだよ!?」
ついに、患者がブチ切れた。その発声だけで、患部がよけい悪化しそうな勢いだった。
グレーの部屋は思っていたよりも手狭であり、明かりで照らされるのは雑多に転がる箱や武器など。中には資料らしき紙も見つかることから、彼なりに情報収集を行っていることがわかる。
朝食の後、彼の部屋に呼び出されたコールは、その場にあった木箱に腰掛けるよう促された。ここでの椅子は、その古びた箱くらいらしい。
コールは言われるがままに腰掛け、松葉杖を側に置いて率直に尋ねる。
「それで……どうして僕を、スノーと同じ部屋で寝るように言ったんだ?」
「何か悪かったのか?」
「全てにおいて説明不足だろ」
「何も訊かれてねぇし、スノーもあっさり承諾したからな」
「だいたい、聴いた話ならスノーの男装はあんたの入れ知恵じゃないか」
「教えたぜ? それで、スノーと同じ部屋が嫌な理由がどこに――」
「……いい加減、刺すぞ」
満面の笑みを浮かべながら、コールはペンを突きつけた。ランプの明かりに照らされて、先端が鋭い光を放つ。
さすがにこれ以上ふざけてもいいことが無いと判断したのだろうか。グレーは両手を挙げて「オーケー、わかったからそれを下げろ」と制する。ただし、その表情はどこか楽しげだった。……投げてでも刺してしまいそうだ。
グレーは笑みをそのままに、「さて、どこから話すか……」と考えてから。
「とりあえず、昨日一日、スノーと過ごして何か思わなかったか?」
「何か? 例えば、どんなことだ?」
「そうだな……精神面、考え方とかで気になったことだ」
「はぁ……」
そういわれて、しばし黙考してみる。寝不足で上手く働かない頭だが、それでは話が進まないので必死に思い出す。
「素直だ。良くも悪くも、子供みたいなヤツ。でも、少しだけ、極端に暗い部分があるような気がする」
それが、昨日の会話で浮かんだ印象であった。
自分と同じくらいの歳のくせに、異性が部屋に入ってくることをまるで気にしない。それどころか、自分が女性ということをあくまで「敵を欺くため」としか認識していないのではないか。そんな印象さえあった。
異性を気にしない、勉強よりも体を動かす方が好き、という子供じみた部分。その一方で、ほんのわずかな、彼女が見せた『戦う』という点での黒い部分。それが、今のコールが感じる彼女の印象だった。
その回答に、グレーは満足そうに頷く。
「よくわかってるじゃねぇか。まぁ、その通りであいつはガキだ。そして、お前は新しく見つけた玩具。興味を持ってるから気になって話しかけてる状態ってとこだな」
「……で、玩具を取り上げられるとすねるから、僕をスノーの側に置いた、と?」
「そんなところだな」
そういう表現をされると、コールが昨晩ひたすら眠りにつくことに苦しんだ経験が、馬鹿らしく思えてくるから不思議である。スノーは外見だけなら間違いなく美少女なので、そういった情報が無ければ一緒に眠るというだけで相当な精神的疲労があったのだが。
その答えを受け入れるのが癪で、コールは静かにペンを持ち上げようとした。直後、部屋にグレーの声が落ちる。
「できれば、別の興味になってほしかったところなんだが……ま、無理だろうな」
別の興味。その言葉の意味は、なんとなく理解できなくもないが……話が飛躍している気がして、コールは首をかしげる。それに気づき、グレーは続ける。
「気づいているなら手っ取り早く説明するとだな。スノーがここに来た……結果的に、俺たちが助けるような結果になったんだが……それが、五年くらい前だな。そのときからあいつにはここでの暮らししか教えてこなかったんだよ。その結果として、常に大人たちの中に居たせいで、あんな性格になったみたいでな」
ガリガリと頭を掻きながら、グレーは語る。その声音はどこか情けないといった気持ちが込められているように思えた。
「その前は、ホントにまともな教養さえできてねぇ状況だったぜ? その反動で今は子供っぽくなってるけど……今度は、そのまま時が止まってるらしい」
昨晩スノーが話さなかったことと、直接的な関係があるようなので尋ねることは止めた。
ただ、そのことには触れないとはいえ、他の疑問が当然残っているわけで。
「……それで、僕とスノーを一緒の部屋に入れたのは?」
「あぁ、それはあれだ。歳の近い二人を近づければ、少しは意識とか変わるかと思ったからやった」
悪びれる様子は全くなかった。あろうことか、今までで一番良い返事をされた。寝不足以外の要因で、急激に頭痛が広がっていく気がした。
「あんたも子供か!? 発想がおかしいって言うかどこか少女趣味じゃないか!?」
「あー、そういうもんか? いや、ここのトーンってヤツの提案だったんだけど、俺は正直、女の心とかよくわかんねぇから、面倒になってそのとおりに」
「そいつ今すぐに賊を止めさせた方がいい気がする! いろいろと間違ってるよ!」
「あ、教師役は単純にあいつに勉強させるためだから、俺の独断な? さぼるなよ?」
「今はどうでもいい! というか、さぼるのは間違いなくスノーだ!」
「さて、そういうわけで話は終わりだな。じゃ、俺はここで」
「いろいろと丸投げにしたまま逃げようとするなよ!」
ぜーぜーと息を吐きながら、がっくりと身を屈めるコールを、グレーは「お前、おもしろいな」と笑い飛ばしていた。先ほどから殺意がどんどん蓄積されているが、ここで暴動を起こすと身の危険が半端ではないので理性で押し殺すことにした。
それと、ここまでの流れでコールが一番気にしていたことを、口にする。
「そもそも、そこまで無理してスノーを変えようとしなくてもいいと思うぞ? スノーは、あれで今を充分楽しんで居るみたいだからな」
これ以上の楽しみが無いのではないかと思うくらい、あのとき自分のことを話した彼女は笑っていた。その笑顔を頭に描けば、今のように成長を強要しているグレーたちがおせっかいにもほどがあるように見えてしまう。
それに、グレーは初めて真剣な表情で、首を横に振った。
「そうだな。確かに、あいつは今が楽しいんだろうよ。俺たちと暮らして、笑顔を見ない日は無いくらいだ」
「だったら……」
「……わかってる。そっとしておいてやれば、あいつはそれが幸せだ。でも、それだけだ」
「…………」
「子供のように日々を過ごして、楽しんでいる。……俺たちの仕事を、あの心で、な」
「っ!」
「わかるか? あいつは素直だ。成長が遅すぎた子供だ。だから、その精神でこの世界に居るあいつは……」
「……成長の無いまま、楽しいだけの日々を過ごしてしまう。その日々に、あんたらの行いが混じっているのに」
それがどれだけ残酷なことか。コールの旅の目的のせいでもあるのだろうか、それが嫌というほどわかってしまった。それを代弁するのは、グレー。
「いくら義賊っつっても、血なんていくらでも見るさ。殺しもある。それが賊って職業で、こんな世の中だからといっても……それが当たり前の俺たちだ。それを、子供の心のまま受け入れていけば……」
「……傷つけることが、殺すことが、日常にすり替わるくらいの悪になるか。または、成長と罪が追いつかずに破滅するか……どちらにしても、ろくなことじゃない」
「それが、俺たちの……スノーのことを思っての行動だ。実際、あいつは今、少しくらいの悪には気づけている」
それが、彼女の成長なのだろうか。昨日の話で、彼女が「コールが思うより綺麗じゃない」と言ったのは、その辺の自覚の現れなのだろうか。
「それで……勉強、か」
自分の予想とは違った部分も出てきたが、確かに字を学んだりしていけば、自然といろんなことがわかってきたりする。頭を使うとは、そういうことだ。
そこまで理解して、改めてコールは頷く。
「まぁ、確かに昨日のあれは無謀が過ぎたと思うけど……それでも、事情はわかった。僕もスノーには助けて貰った身だし、協力はするよ」
「……頼む」
静かに言ったボスの一言は……いや、その声音はどこか、家族を心配する親のようにも見えた。
さて、話はそこで終わりなのだが、どうでもいい疑問がコールにはあったので、追記とする。
「ところで、僕がスノーと寝ることになったとき、仮にスノーの身に危険が及ぶとか、考えてなかったのか?」
「身の危険……例えば?」
「…………それを、僕に言わせようとするな」
「……? あぁ、要はエロいことか」
「って、人が言いづらいことをばっさり言うなあんた! ま、まぁそういうことだけど……こほん」
「お前、顔真っ赤だぞ? コールも成長したほうがいいぜ。……と、あいつに関しては、別に。もしそうなったときは、スノーがお前を殺していただけだろうよ」
「……確かに、昨日の針の一件でよくわかる」
「そうじゃなくても……まぁ、いずれわかるか」
「…………?」