特にネタが無いため、今日は式神の花言葉を更新します。いつものように下のmoreからどうぞ。
「やっと見つけた」
宝物を探し当てたように、幼い少女は楽しげに笑みを零した。その表情は年相応として可愛らしい笑顔であるが、その内面を知っていればどんな表情よりも恐ろしかった。
僕らがやるべき事は、とにかくミアをシズクたちに近づけさせないこと。そのために僕らが囮の役を買って出なければならない。だからこうしてミアの前に出向くことになった。
「さっきのすごかったね。おっきな火がこう、もっと大きくなって。回りが真っ赤で何も見えなくなるんだもん。びっくりしちゃった。……でも、逃げちゃったらわたしが楽しくないじゃん。人形作り、できなくなっちゃう」
彼女にとってそれこそが唯一の楽しみとばかりに、シュンと項垂れて悲しそうな表情を見せる。そうするミアの様子を観察しつつ、ちらりと横を窺う。
傍にいるソラは、下手に手出しをすることなくジッとミアに視線を向けていた。その表情はどことなく怯えているようにも見える。当然だ、僕だって怖い。
その恐怖心を紛らわせるため、僕はミアに声を掛ける。僕が平気であるようにアピールするために。
「僕らだって、お前の人形になるつもりはないからな。お前の一人遊びに付き合わされても楽しくない」
「そうなの? わたしは楽しいから、てっきりみんな楽しいのかと思っちゃった」
「全然。今までの人だって同じ気持ちだよ。だから、止めてみるつもりはないか?」
「それはヤダ。せっかくわたしを見てくれる人がいるのに、人形にして楽しい人がいるのに、止めちゃうなんて楽しくないもん」
……外見と同じで精神も子供。善悪の区別なんて全く付いている様子がない。
僕はそっとポケットに手を突っ込み、手の内にホウセンカの種を忍ばせる。いつでもミアに対抗できるよう、少しだけ前に歩みを進める。『触れないで』という力が使えるのは僕だけであり、ソラには攻撃を防ぐ手段が無いためだ。
ミアはふと、何かに気が付いたように周囲を見回す。そして、不思議そうに首を傾げた。
「あれ? ユーガ兄ちゃんとソラ姉ちゃんだけ?」
「他に誰かいるように見えるか?」
ここは人が二人並んで歩ける程度の道幅しかなく、左右を生い茂る草が押し込めているような場所である。
そして、僕らの背後は木々と背の高い草によって道を阻まれ、その先を暗闇によって閉ざされている。……そうやって見えるよう、本来有るべき道を『偽り』の行き止まりで封鎖した。この偽りを超えれば、すぐに山を出ることになってしまう。
そんなことさせない。そのために、何としてもミアの注意を僕に引く。
「シズクはどこにいったかな……ここに居るのは僕らだけだ。シズクと遊びたかったなら、残念だったな」
「えー、じゃあ、フィサ姉ちゃんも?」
「だから、僕らだけだって何度言えばわかるんだよ」
そう答えると、ミアは拗ねた子供がそうするように「つまんない」と頬を膨らませながら唸っていた。
しかし、ひとしきりそういった動作をした後に、再びミアの口元が歪む。
「でも、ユーガ兄ちゃんとソラ姉ちゃんは遊んでくれるよね? じゃないと嫌だよ?」
直後、ミアはこちらに差し向けてくるように華奢な手を出す。それを合図に、僕は手にしていたホウセンカの種に意識を傾けた。その間、動くのはソラだ。
「ミア、あなたはどうして遊びたいんですか?」
彼女の声はいつも僕らに見せるものよりも低い。それは目の前の殺人鬼に対する侮蔑の態度の表れのように思えた。
「え? だって、楽しいじゃん」
「……それがわかりませんね。いくら楽しくても、やっていいことと悪いことがあります」
「……よくわかんない。だって、人形遊びってやっていいことでしょ?」
「そんなわけ、ありません!」
声音を強め、彼女らしからぬ激昂が飛び出した。ミアの肩が驚きに震えたように見えた。
「どうしてそう思うんです? ミアだって、式神でしょ? 私と同じなんですよ? なのに……それなのに、なんで人を殺せるの? そんなの、楽しいわけない!」
まるで、悪戯を叱る親のような印象だった。怒りの感情を出してはいるが、彼女なりに他人を諭しているような、そんな言葉。
それに対するミアの反応は、どこか歪んだ子供の返事そのもの。
「何言ってるの? わかんない。そんなの、知らない! わたしは人形を作ってるだけだよ? なのに、なんで怒るの? わかんない。わかんないよ。むずかしいよ。……もう、知らない! ソラ姉ちゃんなんて、嫌い! わたし、やっぱり遊ぶからいいもん!」
整理の付かない言葉をまき散らし、ミアは瞳を淡い黄色に変えた。そうして、こちらに笑いかけてすぐ、手を突き出して飛びかかってくる。
「させるか!」
手にしたホウセンカの種が僅かな光を放ち、微かな音と共に辺りに飛び散る。そうしてソラに突き出された手の前に飛び出す。
途端、ミアの手は『触れないで』という力によって弾かれ、飛び込んできた彼女は勢いを殺すことが出来ず、後方に倒れ込んだ。今がチャンスだ。
「ソラ、行くぞ」
僕らの狙いはミアをシズクたちから遠ざけること。そのために、僕らは囮となってミアを誘導しなければならない。このまま偽りの行き止まりを背にしていると、いずれ嘘がばれてしまいかねない。
僕らは倒れたミアを横切り、墓場の方へと一目散に向かっていく。このまま僕がホウセンカを使ってミアの攻撃を防ぎ、逃げ延びる。――走り出した途端、足が崩れかけた。
「ユウガさん、無茶しないでください」
やはり、まだ『猛毒』を受けたダメージが残っているようで、走り出してすぐ痺れと痛みが現れた。ソラは心配そうに横目で見たが、今の僕には触れることが出来ないので言葉だけを掛けてくれる。
「待ってよ! 遊んで!」
そう遠くない後方から、僕らを呼び止めようとする声が聞こえるが無視する。後ろから追ってくる足音が聞こえるが、構わず走り続ける。
「どうして遊んでくれないの? どうして……どうして、ユーガ兄ちゃん、ショウマ兄ちゃんと同じことするの!」
……翔真さんと、同じ事をしている? その言葉に、何か強烈な悪寒を感じた。僕が、翔真さんと同じ事を……同じ道を、辿っている?
その思考が巡り始めた刹那、後ろからメキメキと、何かが軋むような音が生まれ始めた。耳に付く異音に、僕は思わず振り返ろうとして――
――その直後、左腕を何かが打ち抜くような痛みが走った。
「――っ!」
言葉にならない痛みに、僕は思わず姿勢を崩してその場に倒れた。足がもつれて三度くらい転がり、景色が何度も移り変わる。
自分が仰向けに倒れていると気付いて、やっと頭が状況を理解してくれ始めた。
「ユーガさん――きゃっ!」
どうやら、まだ『触れないで』の力が働いているらしく、慌てて僕に迫ったソラが悲鳴を上げ、仰け反ってしまった。
二の腕が異常な痛みを発している。貫く、とまではいかないが……何か、鋭い物が刺さっているような感覚だ。
僕は腕を持ち上げてそれに目をやる。それは、まるでドングリを押しつぶしたような奇妙な形をした、暗褐色の種だった。先端が鋭く、その部分が刺さっていた。
――その種がいきなり淡く輝き始め、聞き慣れた音と共に弾ける。
「……あ?」
変化は、すぐに起きてしまった。
「うぁ……あ、あああああああっ!」
景色がぐるぐる回る。激痛が全身を駆けめぐり、波状のように押し寄せてくる。痙攣を起こしたように手足が痺れ、内蔵が激しく鼓動を始める。胃が激痛に絶えかね、中身を吐き出してしまいたい衝動に襲われる。
「ユウガさん! しっかりしてください!」
痛みに耐えきれない僕に変わり、ソラは僕のポケットからポピーの入った紙の包みを取り出し、僕の手の上に数粒の種を出してくれた。そうしてすぐ、ミアの方に視線をやって上体を起こした。
ソラを心配させるわけにも、僕がこのまま苦しみ続けるのも嫌だ。不安定になる意識で、なんとか手の内にある種に意識を集中し始める。
そのとき、楽しそうな声が聞こえた。
「あはは、だから言ったのに。わたし、それ嫌いだって」
視界が霞み、止まらない痛みに倒れそうになりながら、その声の主を視界に納める。
「その触れなくなるの、嫌いなの。でも、これやるとすぐ人形になっちゃうから、楽しくない。だから、それは使わないでね? もっと遊ぼうよ」
……そこには、鬼が居た。人の造形に角を持っているような輪郭が見えた。
ポピーの種が光を放ち、鈴の音を響かせて力を発動した。『癒す』という力の効果で痛みを緩和してすぐ、曇り掛かった視界が明瞭に映る。
それがミアだと気付くのに時間は掛からなかった。声も背丈も、先ほどまでの彼女と変わらない。だが、鬼の角と勘違いしたそれは、やっぱりあった。
角はシキミの花弁を思わせる、細長くやや捻れた淡黄色をしている。それが頭の周囲に八本突き出しているが、前から見れば角を三本生やした鬼の姿に見える。瞳の色も変わったままだった。
「それは、一体……」
「え? これのこと?」
僕はミアの姿の事を尋ねたのだが、彼女はどうやら先ほど攻撃に使用した種のことを尋ねられたと思ったのだろう。それを差し出してこちらに見せつけた。
細くて白い腕。その手首の部分に、星の形を想起させる褐色の殻が付いていた。それは、墓場で見かけたシキミの実の殻に酷似している。その中から、ミアは先ほど僕に刺さっていたものと同じそれを取り出す。殻が割れる音がした。
「これはね、投げて当たったら、光って消えちゃうの。でも、当たった人は触るよりずっと苦しそうにするの。こうやって」
そう言って、ミアは得意げに手にしたシキミの実を掴み、手を横に振った。その種は僕の頭上を驚異的な速度で通過し、後方で何かにぶつかる音を立てた。
「あ、外れちゃった。あはは、失敗失敗」
明るく笑い飛ばす鬼の姿が何よりも恐ろしく思える。常に色を変えた瞳も、人間らしさを失い、植物に依存し始めたその造形も。
「……化け物かよ」
「…………化け物……」
僕の呟きを繰り返すように紡いだソラの後ろで、僕はなんとか立ち上がる。足元がまだ不安定だが、痛みはかなり軽減されていた。
しかし、痛みが治まったからといって事態は全く良くならない。ミアの言うとおりなら、翔真さんもホウセンカを使いミアの攻撃を防いでいたところ、今の種による攻撃を受けて倒れてしまったのだろう。これでは、『触れないで』という力は使えない。
「ねぇ、そんなことより、ちゃんと遊ぼうよ?」
笑顔は崩さないまま、じりじりとこちらに近寄ってくる。思わず後ずさると、ミアはムッとした表情で手首から種を一つ取り出した。
「逃げないで。怖がって、苦しんで、痛がるのはいいから、わたしから逃げないで」
静かな忠告は、僕の恐怖を急速に拡大させていく。しかし、だからといって逃げないわけにはいかない。このままでは、ミアに遊ばれて、苦しんで死ぬ。
じゃあ逃げるか? 逃げ出せば、普通に触れるより凶悪な毒にやられて、どうせ死ぬ。
戦う? どうやって? ホウセンカは使えず、身体は数度の『猛毒』で足元もおぼつかない。フィサの『ミアを殺してくれ』という言葉が過ぎるが、いくら頭であいつが驚異だとわかっていても、どうにもならない。
恐怖で、足が嫌でも後ろに下がる。ミアはそれに耐えられなかったらしい。
「逃げないでって、言ってるのに!」
種の弾丸を手にして、僕を打ち抜こうとする。そのモーションがどんな絶望に変わるのか想像に容易く、僕は思わず目を閉じて腕を盾に身構えた。
その時間が永遠に続くのではないかと思うほどだった。しかし、身構えた僕の身体には、未だに残存した毒の痛みしかなく、またミアが攻撃を仕掛けた気配もなかった。
代わりに、僕の傍で、何かが軋むようなバキバキという音がしただけ。
「……ユウガさん、しっかりしてください」
その奇怪な音に紛れて、優しげだが、どこか悲哀の込められた声音が届けられた。声に導かれるように、僕は静かに目を開けた。……そうして、飛び込んできた映像をすぐに理解できることは不可能だった。
僕を打ち抜く弾を持ったミアの手は、どこからともなく現れたツタ……いや、細さを見ればツルと言えるだろう。五本のツルが、ミアの手を包み込むように縛り付けている。
そして、そのツルが結びついていたのは……。
「そ、ソラ……?」
アサガオと同じ空色の双眸が僕を見つめ、悲しそうに一度頷いた。
それは、紛れもなくソラだった。アサガオの付いた麦わら帽子に、どこか子供っぽさを残した容姿。ただし、何度見ても彼女の瞳は青く染まっていた。
彼女の変化はそれだけに留まらない。彼女の着ているワンピースは、浴衣を思わせる長くて広い袖を持ち、指先がなんとか出るくらいまですっぽりと覆っている。その袖の造形は、どこかアサガオの合弁花を思わせる形をしていた。
さらに彼女の右手は……袖の中から出ているはずの指を、全てアサガオのツルに変化させていた。それら五本のツルが、ミアの動きを止めていた。
「なに、これ? 動かない……ジャマしないでよ!」
ミアが乱暴に腕を振るが、ツルは飛び跳ねるように動き回るだけでほどける様子が無い。まさに『私はあなたに結びつく』という言葉を思い出させる状況であった。
しかし、引き離すことを止めたミアは次に、シキミの花の色をした瞳でソラを睨みつける。途端、ソラが「うあっ」と小さく声を漏らし、急に身を屈めた。――毒が、ツルを通してソラに流れ込んだのか!
「ソラ! そのツルを放せ!」
状況は飲み込めないが、ソラが苦しんでいることに間違いない。僕が苦しそうなソラに呼びかけると、彼女は左手で麦わら帽子をずらし、顔が見られないようにしてしまった。
「私は大丈夫ですから、早く……」
この状況で何が出来るんだよ! 早く、何をすればいいんだ!
沸き上がる焦燥の中で、ソラが必死で耐えている姿が強烈な印象を残す。彼女を助けなければならないという焦りが、僕の行動を決めつけていた。
僕はポケットの中から、フィサから預かったホオズキの種を取り出して意識を集中、すぐさま術を行使した。ホオズキの放つ小さな光が、周囲にとけ込んでいく。そうして、僕の中で何を『偽り』にするのか、イメージを膨らませる。
「ソラ、ツルを放せ! 早く!」
言われるがまま、ソラはミアの手を開放する。途端、ソラの出していたツルと同様の物が、周囲の木々や草むらから突き出してきて、再びミアの手を拘束していく。僕が偽ったのは、巻き付いていたツルの出所だ。
ミアの拘束を解いた途端、ソラは苦しそうに息を吐き出しながら、地面に膝をついてしまった。そんなソラの肩を抱き、視線だけで行き先を示す。
「待ってよ……わたしを、置いていかないで! 逃げないでよ! 遊んでよ!」
有りもしないツルの幻影がが、今にも千切れそうな音を立てている。背後から時間の無さを感じつつ、僕らはひたすらに前を目指して進んでいった。