タイトルの通り、今回から不定期で落選作『常識欠如の遊び人』を上げていこうと思います。当たり前ですが、応募してからこれは全く修正を入れていません。それやると、ここでの評価も何もあったものじゃなくなりますからね。
ということで、以下のmoreからどうぞ。あ、あとがき云々に関しては、これ全部上げてからやろうと思っています。
真っ暗な夜空には、いつもと変わらない星ばかりがあるはずだった。
それが歪んだのはほんの一瞬のこと。彼女が何気なく見上げた空は、片手で数えるくらいの時間だけ変化が起こっていた。
まるで大きな穴が開いたように。そこだけ夜が切り取られたように。切り裂かれた空の奥には、まるで衛星から見下ろした地上のような絵を映していた。
現れた裂け目は瞬く間に消えてしまって、もう一度見直したときには、やっぱり暗い空に小さな星が点在しているだけの、当たり前の景色が舞い戻っていた。
「……見間違い……か?」
目を擦っても、変化の方が異常であったことを告げるように、何も変わらない空が視界一杯に映り込む。確認して、彼女は落胆の溜め息を吐いた。
「あーあ、面白くねぇの」
そりゃ、ちょっとでも期待したあたしがバカだったけどさ。もうちょっと、変わったことの一つや二つあってもいいだろ? ボサボサの長髪を揺らしながら空を見上げ、彼女はそんなことを考える。
変わったことが一つでもあれば、それだけでいつもと違ったことに出会える。変化が大きければ大きいほど、平穏は歪む。当たり前のことだが、そんな出来事なんてそうそう起こりやしない。というか、頻繁に起こるならこんな気持ちになってない。
裏切られた気持ちにやる気をなくして、とぼとぼ帰路に着こうとした。そのとき、目の前に何かが落ちてくるのが見えた。
「あれは……」
落下物が何かはよく分からない。だけど、どうしてだろう? さっきの出来事があったせいか、やけに胸が高鳴った。
急いでそれを回収すると、落ちてきた物は一枚の羽だと分かった。手に取った羽は、見るからに奇異な印象を与える物だった。
街灯が近くにあるおかげではっきりと視認できるそれは、カラスの羽くらいの大きさは優にある。色は硝子のように透明な、自然物らしくない色をしていた。よく見ると、硝子の向こうに何かが映っているように、ぼやけた色が見えた。
形も奇妙で、結晶を思わせるような四角形に近い羽の形。まるで硝子細工なのではないかと思うような形をしていた。
「って、これ落ちてきたよな?」
肝心なのは羽だけではない。どうして、こんなものがいきなり落ちてきた?
疑問を口にしてハッとして顔を上げると、視界の隅で何かが飛び去っていくのを感じた。
胸の高鳴りに導かれるように、何かが通り過ぎた方へと走り出した。この辺の街の地形は把握している。ここに十年以上住み続けていれば嫌でも覚える。
羽を拾ったのは、学校からしばらく歩いたところにある、人通りのやや少ない市街地。そこよりもさらに外に飛んでいったものは何だろう?
「何があっても、見逃す手は無いけどな!」
口の端をつり上げて、彼女は全力でその場に向けて走り出した。
……で。
「うー! なんで見逃すかなあたしはもう!」
数分後、閑散とした町外れで一人叫ぶ。
この近辺はかなり昔、工場などで栄えていたらしいが、今ではかなりの数の建物が崩され、人の影もほとんど見かけなくなった寂しい場所である。それため見通しは良いはずなので、見逃す要因の方が少ないと思っていた。
「……冗談じゃない……これじゃただの道化じゃねぇか。このまま収穫無しで帰れってか? それだけは嫌だ! えぇい、何か見つけるまで帰らねぇぞあたしは!」
ここまでの道のりで結構走って汗もかいたというのに、収穫が羽一枚で帰るのは割に合わない。何が何でも、この羽の正体を見つけ出してやる。
決意して、とりあえず近くの工場跡の建物に備えられた、古びた階段を気力で上っていく。酷く錆び付いているせいであちこちから悲鳴のような音が聞こえるが、無視。足下が抜けたらそのときはそのときだ。
ある程度上ったところで、ふと物音に気が付いて目を向けた。
「あれは……」
闇に慣れた目でも遠くて見づらいが、空き地に二つの影が見える。
一つは人の影。それが、暗闇の中で何かと対峙していた。
もう一方の影は……なんだろう? 遠くてよく見えないけれど、あれは明らかに人ではなかった。なぜならそれは、とにかく大きく見えたのだ。
向かい合っている人の影の、それこそ三倍近くありそうな影は、遠くからだと石像ではないかと思うような無骨な人の形をしている。だがしかし、その巨体は生物であることをアピールするように動き回っていた。
動き回っているといえばもう一人の方もそうだ。巨大な何かが接近するたび、逃げ回るように動き、たまに巨大な人影に立ち向かっている。
「もしかしてあれ、戦ってるのか?」
実際に見るまでは分からない。けれど、物音から考察してみれば、可能性は充分に有り得た。
「そうと決まれば!」
気合いを入れると階段を一気に駆け下り、二つの影が動いていた空き地を目指した。
「…………結局、あたしは道化かよ!」
何もなかった。辿り着いて目にした場所はただの空き地で、それ以外の何でもなかった。目の前の結果に苛立ち、とりあえず叫んでみた。
でも、さっきから起こっているおかしな現象は、たしかに目の前で生じた出来事だった。
見間違いじゃなく、事実として。その証拠に、やたらと変な羽もポケットに残っている。手に入れた羽こそが何よりの証拠だった。
汗でうっすら濡れた長い髪をかき上げて、彼女は不敵に微笑んだ。
「だったらやってやるよ……何があったか見つけ出してやる! よっしゃあ! 楽しくなってきやがったぜ!」
針末琴音は、まだ見ぬ誰かに向けて高らかと宣言した。