~1~
痛いとか、痛くないとか。そんなの、どうでもよかった。
ただ、突きつけられた言葉の意味を理解するのに精一杯で、叩かれたことについて思考するなんて放棄していた。
たしかに、どうして叩かれたのかも理解できていない。でも、それよりも……瑠子が、こんな事をしてでも私を止めようとした理由を知りたかった。
「……取り返しがつかないって……」
そう、瑠子はいったけど……。
「そういってるよね、さっきから。だから呼び止めた」
いつもと雰囲気の違う瑠子。いつものように分かり辛い言葉表現。だけど……この言葉は、本当に意味を持っているように思える。
瑠子は階段に背を向けるように――私の進路を妨げる形に――移動すると、話を続けた。
「りーちゃん、確かに気分転換してると思うよ? アタシの言ったこと守ってくれてる。……でも、やっぱり思いつめてる感じがするんだよね」
……当然だ。気分転換なんて、結局はただの現実逃避でしかない。確かに気は楽になるかもしれないけど、それだけだ。問題を目の当たりにすれば、変わらない現実が待っている。
「……理由くらいわかってる」
自嘲気味に微笑んで、私は自分の考えを告げる。
「思いつめてる、ってのは当たってるかもね。それくらい深刻な問題背負ってるのよ、私も。でも、これを頑張らないとどうにもならないわけ。私がやり始めたことで、私のせいでこうなったわけだしね。……それでも、ちゃんと休んでるから、問題は無いわ」
「だから、それじゃ辛いでしょ?」
…………なんなの、瑠子?
「私の言ったこと、ちゃんと聞いたよね?」
「聞いたよ。でも、りーちゃんは苦しんでることに変わりないじゃん」
「……っ」
しつこい。
私は苛立ち始め、無言で瑠子の横を通り過ぎようとする。けど、彼女は両手を広げて私の行く手を塞ぐ。自分の身丈に合わない服を着た子どもが、必死で通せんぼしているような光景になった。
「……なんなの? 何がしたいのよ、瑠子」
私は次第に落ち着きを失い始め、言葉を強めてしまう。気がつけば、彼女を睨みつけようとしているほどに。それにさえ、すぐに気付けなかったくらいに。
「なにがって……だから、さっきから言ってるじゃん。このままだとりーちゃん、ホントに取り返しがつかなくなっちゃいそうだもん。だから、行って欲しくないだけ」
「……私は大丈夫だって言ったでしょ? それに、あんたはこっちの事情なんてわかってない。だから、何も言われる筋合いなんてない」
「だって、何も教えてもらってないもん。事情なんて知らないよ。でも、りーちゃんがボロボロになるのは見たくない。アタシも、みんなそうだと思うよ?」
「…………うるさい」
――こっちの話を知らないくせに、私の置かれている立場を知らないくせに。
私が辛そうにしてるのが嫌だから、止める? そんなの、私にとって本末転倒じゃないか。私は兄さんたちを助けたくて、四葉を苦しめた状況を作り出した責任を取りたいのに……。……だから、立ち止まっている暇なんて、無いんだ。
頭が焼け付くように熱い。どうしようもなくわめき散らしたくなるような、純粋な怒りの感情が溢れてくる。
……それなのに、瑠子は小さく微笑んで。
「怒るなんてりーちゃんらしくないよ」
「っ……怒らせてるのはあんたでしょ」
「そっかな? いつものりーちゃんだったら、これくらいの言葉軽く流しちゃうと思うんだけど……。それに、こんなことで怒るりーちゃん、アタシは知らないよ?」
「――ふざけないで!」
ついに、私は怒鳴り声をあげた。
一瞬、瑠子の小柄な体躯がビクッと震える。目を瞑って、怖いものに怯えているようにしていた。
それが分かっても……私は、声を出さずにはいれなかった。
「私が怒ってるのは、瑠子が逆上させたからでしょ!? なによ、さっきから聞いてれば……結局、アンタは気遣ってるだけじゃない! こっちのことなんて何も知らないで、善人でも気取ってるつもり? それじゃ、何も変わらないの!」
怒りに任せて、私は張り裂けんばかりに怒声を吐いた。それだけじゃ足りなくて、掌が痛くなるのを考えずに、壁を力いっぱい叩いた。乾いた音が銃声のように鳴り響いて、周囲に溶け込んでいく。
私がそうして言葉を閉ざすも、瑠子は変わらず私を見ていた。真剣な顔で、ずっと。
それどころか、私に手を差し伸べるように、優しい言葉を掛けてくれる。
「……じゃあ、教えてよ。りーちゃんがどうして、こんなことになってるのか」
「――っ!?」
そんな言葉、予想もしていなかった。
……冷静にしていれば、彼女の性格からその言葉が出てくることくらい、分かっていたはずなのに。そうでなくとも、興味本位で詮索するくらいなら、誰だってやりそうなものだ。
それに気がつかないくらい、私は動揺しきっていたのだろうか……?
「……言ったって、誰にも分かるわけない」
その、動揺の根源部分にあるのは、私にしか理解できないであろう、暗闇だ。それまでの希望全てが変移した、膨大な絶望だ。
「それでも、教えてみて」
訴えかけるように、瑠子は言った。「もしかしたら、痛みを分けてもらえるかもしんないし」という、軽い言葉を付け足してくれながら。
……話して、なんて言われたって、どこをどう伝えたらいいのよ……事件のことだって、『パンドラの青い鳥』『ドッペルゲンガー』『不幸』なんて言葉を並べたって、伝わるわけ無い。
……だけど。
「私……」
一点だけ、誰にも話せることで、一番心を締め付ける要因であること。それだけは、彼女にだって伝わる。
本当は、誰にも話すつもりなんて無いのに。誰かに話したって、なにも解決しないのに。だから、私がやらなければならないのに。全てを取り戻したいのに。……それなのに。
私は、別の誰かに操られたかのように、ポツリと呟いていた。
「私……ずっと一緒に居た人を、殺したようなものだから……」
女々しいな、私……。ずっと、そればっかり。
どうしようもない突っかかりなのは確かだってわかってる。でも、誰にも通じないってわかってる。……だから、無理してでも救いたい。いや、これは私の責任だから。私が、なんとかしなきゃいけない。
「最初から、これは私がなんとかするつもりだった。……でも、それ自体、私が一因だったって知って、どうすればいいかわかんない……。でも、私、殺しちゃったから……私が、なんとかしないと……最初から、そのつもりだったから……」
…………。……なんだ、これ?
私、なに言ってるの? こんなの、誰が理解できるの?
崩れた言葉たちを無理して組み立てたから、形がグチャグチャだ。
………………。………………。
……あぁ、そうか。
今の私も、そんな感じだったんだ。
やるべき事は何一つ変わっていないはずなのに、『私が引き金になった』って知ったときから、どうすればいいのかわからなくなっていたんだ。
それなのに責任を背負って、償いたいという思いが募りすぎて、考えること全てが空回りしていたんだ。
「……どうすれば、いいんだろ……こんなの、誰もわかんないよね……」
目を伏せて、落ち着きの無い心を曝け出していた。そこにあったのは、絶望に満ちた気持ちを吐き出して、絶対的な虚脱感に支配された私だけだった。
「……りーちゃん、人を殺したって……ホントに?」
直接的にではないけれど。そう、付け足すことも出来たのだけれど……私は、何も言わず頷いた。私さえ居なければ、死ぬはずの無い人間が居たのだから。
「そっか……アタシと同じだね」
心が疲れきってしまった私に、瑠子は例えようの無い笑みを浮かべながら、そう言った。
「…………え?」
私、何かとんでもない言葉を聞き逃していたような気がする。……いいや、そうじゃない。聞えていたけど、認識できていなかっただけだ。
何も答えられずに呆然としてしまった私に、瑠子はどこか諦めた表情を見せた。
「アタシと、同じ」
「なっ――何を言ってるの?」
意味がわからない。だって、それだと瑠子は……人を殺したって、自白しているようなものじゃないか。私の場合は異常だとしても、あの純粋無垢な瑠子が、そんなことするはずない。
そんな私の疑問を晴らすかのように、瑠子は広げていた両手を下げる。そして左手を差し出すと、掌の半分くらいを隠している袖を捲くった。そこから、温かみのある赤色のリストバンドが現れた。
「アタシは――」
そう言ってリストバンドを取り外して、それを目の前に突き出した。
「アタシは……わたしを、『落雪瑠子』を殺したから」
――それを目の当たりにして、私は絶句した。
世界が歪んで見えた。視界が真っ暗になりそうだ。それほどの衝撃を受けた。
瑠子の華奢な、細い腕がある。日に当たらないせいか、雪を連想させるほど、綺麗な色をしている。
そんな、彼女の手首に……。
……無数の切り傷が、あった。
デタラメに切りつけた赤い筋が、不気味な姿で残っている。
……それは、いつも明るく振舞っている彼女が持っているべきものではない、深い傷。
――自殺を意味する、リストカットの痕だった。
私の目が映す世界が、時を止めた。
~2~
「アタシ、バカだから……こうすることしか、出来なかった」
何も考えられなくなっていた私に、瑠子は切なくて、辛そうで、本当にどうにもならない顔で、呟いた。
けれど、彼女はすぐに自嘲な微笑みを浮かべて、首を横に振る。
「違うか……こうするのが、当たり前になってた。そのときの『わたし』は、取り返しがつかなくなってた。リストカットして病院送りになって……死にかけて、やっと気付いたんだ。壊れてたことに」
「なんで……なんで、そんなことに……嘘、でしょ……?」
そう言うのが精一杯だった。いつも近くにいる友人が、こんなことになっているなんて、認めたくなかったから。
でも、瑠子は「りーちゃんは優しいね」なんて言ってくれて。
「でも、ホント。……中学のときに、イジメでね」
言いながら、彼女は外していたリストバンドを付け直す。大き目の制服の袖を深く下ろして、その痕を完全に覆い隠した。
……瑠子が、ずっと厚着だった理由が、ようやくわかった。……こんなことなら、わかりたくなかったのに……。
「今日のりーちゃん、そのときのアタシにそっくりだったんだ。学校に行くのが嫌だったころのアタシに。……あ、ちなみにアタシの場合『気分転換』ってのは、サボリのこと。一時期、登校拒否だったからね。
でも……ずっとそれじゃ、今度は家族が心配しちゃうから。でも、行ったらイジメ。……そうしてると、気がついた頃にはこうなっちゃってた。死のうとすることが当たり前で、学校のことばかり考えちゃって、サボリしてても気分がぜんぜん良くならなくて……いつの間にか、これ」
そうして、今はもう隠れてしまっている袖を指差した。
「アタシ、バカだったから。それしか考えられなくてね。……ホントに、よくこの学校にこれたと思うよ。入試も危うかったってのに」
触れて欲しくなんて無い闇を晒しておきながら、瑠子は軽く笑い飛ばそうとしていた。見ているこちらの方が息苦しくなるくらい、切ない笑みを浮かべていた。
……それは違うよ。バカだから、そんな思考に至ったとか、関係ない。そこまで精神的に追い込まれていた証拠なんだよ。
……そんな背景があったんなら、勉強どころじゃない。頭が悪いとかどうとかいう問題じゃない。……彼女は勉強できなくて、当然なんだ。
「……だったら」
私は、浮かんできた率直な疑問を、瑠子に訊ねる。
「今の瑠子は、どうなの? そんな事があったのに、どうやったらこうしていられるの?」
今の彼女を見れば、今までの話が全て嘘のように感じられる。それほどまでに、瑠子は変われているのだから。……当時の彼女と私が似ているのなら、私は、どうなるんだろう。
瑠子は、少しだけ伏目にしながら、言葉を紡ぐ。
「……確かに、昔のアタシは酷かったからね……世界なんて滅んじゃえって思ったし、自分のことなんてロクに考えてなかったくらいだもん。……でも、なんとか高校に来れるようになって、不安で仕方なかったけど……」
そこで話を区切って、瑠子はいつものような満面の笑みを浮かべた。
「アタシに最初に話し掛けてくれたのも、最初に友達になってくれたのも、りーちゃんだったから。おかげで、いっつも楽しく過ごせてるよ」
「…………」
何もいえなかった。
なんて答えていいのか、分からなかった。
ただ、どうしてかわからないけど……目元が酷く熱くて、声が詰まってしまっているということだけは、わかった。
「だから、りーちゃんにはアタシみたいになって欲しくないの。……実際、もう、今のアタシが『瑠子』だから。昔のわたしがわからなくなってる。でも、りーちゃんはりーちゃんのままでいてもらいたいから」
瑠子が『落雪瑠子を殺した』って言ったのは、そういう意味だったんだろう。昔の彼女がどうだったか知らないけど、彼女は変わってしまったんだ。それが、決して悪い方向ではないとは、思うけど。
「もし辛くてどうにもならなくても、そのときはアタシにも相談してよ。……それでダメだったら、死んでもいいから。アタシが許可する」
グッと親指を突き立てる彼女。……本末転倒だった。言葉の意味さえ分からない。
「…………まったく」
はぁ、と溜息一つ吐いて、私は彼女の額を軽く弾いた。
いきなりの行動に、瑠子は「え? え?」とおろおろ慌て出したけれど、私は彼女の動揺なんて無視して微笑んでやった。
「ありがとう、瑠子。それと……怒って、ごめんね」
「え? あ……うん、そんなの気にしないでいいよー。最後、叩かれたのは納得いかないけど」
そう言って、彼女もまた微笑み返してくれる。
彼女は彼女なりに、私の力になりたがっていたんだろう。それこそ、須山さんと同じように。それがわかったから、私も強がっていつものように対応してやれた。
瑠子としても、その方が嬉しいのだろう。うぬぼれかもしれないけど、彼女にとって私は高校でできた最初の友だちだから。それだけ、私を大切に思っているのかもしれない。
……ん? ということは私、兄さんと同じことやってない? 兄妹揃って、周りの事がまるで分かってないクラスメイトに話し掛けて、友人になるなんて……。
「……兄妹なんだな、やっぱり」
苦笑しながら、一人ささやく。きっと瑠子には聞えていないだろう。
私も兄さんも、なんだかんだで似たもの同士だ。兄さんと四葉が似ているといったけど、変なところで私も似ているみたい。
……そういうことを考えられるくらい、私と、兄さんと、四葉は一緒にいすぎた。だから、頑張らないとね。
「りーちゃん、また行くの?」
私の気持ちに気付いたのか、普段の幼げなイメージを持たせる声で、瑠子は訊ねてくる。
「まぁね。このまま逃げたら、それこそ現実逃避で終わっちゃうし。……自責の念とか、そういうのもあるかな」
「…………変わってないよ」
「そうだね。でも、自分の中で整理はついたかもね」
「だったら、よかった」
自分が原因になったということは自覚している。けど、やっぱりそれ以上に――いつもの生活に戻りたい。兄さんと四葉をからかって、楽しい日々を過ごしたい。そして、いつか二人に謝る。それで、十分だ。
なにより、私は一人で抱え込んで自滅しようとしていたことも知った。だけど、それを知ってもらえたから。
それだけで……うぅん、その行動一つで、気持ちがずっと軽くなった。
須山さんも言っていたっけ。一人だと兄さんを探していなかったかもしれないって。たしかに、一人でこんなことしちゃダメだね。心が壊れちゃいそうだから。
……それを気付かせてくれた瑠子が、最悪の形で解決させていたのは辛いけど。もう、苦痛だけで全てを終わらせてしまっている。それを知っても、私は手助けすることができない。
……そんな世界、滅んじゃえば良かったのにね。
どうすることもできない考えを胸の中で呟いてみる。
せめて、私と出会う前の瑠子が、それで救われたらいいなって、自分らしくない考えに行き着きながら。
世の中、どうしてこんなに酷いことばっかりなんだろう。四葉といい、瑠子といい、須山さんといい、世界を嫌って当然になりそうだ。私だって、ついさっきまで似たようなものだったのだし。
……案外、ドッペルゲンガーは瑠子に『不幸』を与えていればよかったんじゃないかな。不謹慎だけど、それだけで瑠子も救われたかもしれない。
…………あれ?
そういえば……どうして、瑠子じゃなかったんだろう?
……いいや、今はそれよりも。
私は思考する事を一時的に止め、待ち続けていた瑠子に話し掛けた。
「そういうわけで、私はこれから帰ることにするね」
すると、彼女もまた留守番を嫌がる子どものように不満そうに頬を膨らませた。
「あー、結局また行っちゃうんだー。もう、死んじゃえ~」
「どれだけ発想がネガティブなのよ、あんた……」
さっきまでの重苦しい空気はどこへ行ったのやら。いつものようなやり取りをしてから、瑠子の横を通り抜けていく。
今度は私、どんな顔をしていたのか知らない。けど、瑠子は「じゃ、また明日」って言ってくれたから。きっと、辛い顔をしていなかったんだろう。
私は階段を下りながら、先ほどふと感じた疑問を再確認する事にした。
「瑠子は、よほど酷い場所に居た……」
自殺未遂にまで発展してしまうような状況だ。もう、どうすることも出来なくなっていたんだろう。
それは、須山さんにも同じ事が言えそうだ。状況こそ違うけど、彼はずっと一人だった。急に外の世界に放り込まれるのが、どれほど不安だったんだろう? それなら、変わらない方がずっといいのではないか。
でも……四葉は、どうだろう? 確かに、四葉は自分が嫌いで、常に不安の中に居た。いつも兄さんに助けられている事を、彼女は負担になると思っていたらしい。なんの手助けもできないまま、内気で告白することもできない。自分が嫌で仕方が無かったみたいだ。
そんなとき、ドッペルゲンガーに出会った。どんなことを言われたのか知らないけど、四葉はパンドラの箱を開けてしまったらしい。結果として、彼女は自分の世界を壊しかけてしまった。
……なんで?
「どうして、四葉だったの……?」
もし、この役を瑠子が担っていたとしたらどうだろう? 須山さんと替わっていたら、どうなっていただろう?
二人とも動機は大いにある。特に、瑠子の場合がそうだ。彼女だったら、間違いなく四葉のように死を迎えることは無かった。ある意味で、この役は瑠子が適任ではないのか?
「……そもそも、ドッペルゲンガーはどうしてこんなことをした?」
四葉が望んだから? たしかに、そうだったのかもしれない。
でも、それなら須山さんだって十分にそうしていた可能性が高い。何も、四葉である理由は無いはずなんだ。仮に『不幸』そのものを望んでいた場合、精神的に追い込まれていた瑠子に白羽の矢が立つだろう。
じゃあ……時間的な問題? たまたま、四葉が選ばれた?
……それもありえるだろう。が、期間的な問題を考えても、四葉である理由は薄い。
だって、そのころは進学したての人間だって、この世に大勢居るんだ。だとしたら、四葉よりも破壊衝動を持っている人間、たくさんいる。
そう、破壊衝動ってのも、十分に考えられる。ストレスを感じている人間、それこそ社会人なんて格好の的じゃないのか? 通り魔とか、そういう人間に与えても都合のいい力だ。
なのに、四葉が選ばれた。
「どうして……?」
考え方によっては、今の私でも十分、『不幸』を受け入れることができたはずだ。自責に苦しまれて、精神的に不安定だったから。
……なんで、今までこんな単純なことに気付かなかったんだろう。
「四葉でなければならなかった理由があった……。……ドッペルゲンガーの目に止まるほどの、大きな理由が」