ということで、昨日は個人的に軽くショックなことがあったので更新しませんでしたが、今回は普通に後編をアップします。ちなみに、応募用は今、新たに書き始めています。……先は長い。
では、例によって以下more
暗闇の中、辺りを見回して使えそうな物を探す。辺りはそれこそ壁や、昔の工場だったであろう建物などがあるだけ。あとはせいぜい空き地くらいだろうか。
――と、空き地を目にしたとき、あるものが目に入った。杭と鎖によって、空き地を囲っていた柵。琴音の目に止まったのは、立ち入りを封じるための鎖だ。
駆け寄って見てみると、木の杭は腐っていて簡単に壊せる。鎖は錆び付いているものの、そう簡単に壊れるものでもないだろう。
琴音は早速、ざらつく鎖を手にして力一杯引っ張り、木片を散らしながら杭から引きはがす。手の中にはずっしりとした重量感があり、少々重いがリーチは充分だ。
「武器は見つかったか?」
「おう!」
後ろから着いてきた涼に、威勢の良い声で返す。そして、手にしていた鞄をその辺に投げ捨てると、空き地の中心へと向かっていった。
左手で鎖の先端を持ち、右手で振り回す。空気を切り裂く鈍い音が夜の空に消えていく。
「ん、良い感じだな」
「まったく……お前、どんな女子高生だよ。物騒すぎるぞ」
「悪いけど、あたしは楽しければなんでもいいんだ」
ゆっくりと戦場に入ってきた涼を目にやりながら、簡潔に答える。
「ホント、楽しいぜ? こんなこと、普通に暮らしていたら絶対に味わえないじゃないか!」
「変わらない日常は何よりも大切なんだよ?」
「そうだろーな。けど、毎日同じことの繰り返しは嫌になるだろ? あたしは昔と同じことをやってみたいんだ。手がかりはいくらでももらっていく」
「やれやれ、結局こうなるのか……鬱憤晴らしにはいいけどさ」
肩に乗っていたカラナに目でサインを送り、涼の肩から妖精がふわりと離れていく。
チェーンを振り回す琴音の前に立ち、涼は右腕を投げ出すように剣を構えてから、琴音に目を向けてきた。
「ルールは?」
「攻撃を当てたら勝ち。シンプルだろ?」
「……下手したら死ぬけどな。あ、それと一つ。琴音が勝てば俺らのことについて話す。で、俺が勝てば羽を貰うけど……」
そう言って、涼は身を深く沈めてから。
「無条件で記憶も貰っていく!」
瞬間、涼は地を蹴り出して一気に距離を詰めてくる。それはさながら、闇夜を駆ける暗殺者のようだった。
「――っ!」
瞬時に理解して、琴音はすぐさま後ろに飛び、振り回していた鎖を一気に振り下ろした。
刹那、涼の動きが急に止まったかと思えば、打ち出されていた鎖に向かって剣を薙いで弾いてしまった。鎖の重さに振り回されそうになった琴音に、涼は剣を斬りから突きの構えに持ち替え、穿つ。
「なっ――ろう!」
体勢を崩し掛けていた直後に打ち出された突き。琴音は無理にかわそうとせず、攻撃を仕掛けていた涼に向かって、力の限りに鎖を投げつけていた。
「うわっ!」
涼も意識が攻撃に移っていたせいか、急な鎖の出現に慌て、即座に身を翻してかわしてしまった。奥の方で、鎖がジャラジャラと地面に落ちる音がした。
「……危ないな……」
体を一回転させ、涼はすぐに元の体勢に戻ってしまう。彼の額には冷や汗が流れていたが、表情は落ち着いていた。一方、琴音は体勢を何とか立て直したが、手元に武器は残されていない。
「おいおい……その剣、どんだけ堅いんだよ。ヒビ割れてるなら、今ので壊れねぇか?」
琴音は悔しそうにぼやく。彼女らしくない、焦った様子さえ見て取れた。
それに対し、涼は初めて嬉しそうに微笑む。
「元からこういう形状で、そもそも欠損してるけど壊れているわけじゃないんだ。カラナの羽が形を変えたわけだから、厳密に言えば形がヒビの走った剣ってだけ。強度は普通」
「あー、うぜぇ! 詐欺だ詐欺!」
「いやいや、武器の差をなくても俺の方が実力なら上だしね? 伊達に何度も死地をくぐり抜けてきていないよ。むしろ、ノーマルな琴音がよくやった方だと思う。俺、割と本気だったし」
「おいこら、言ってたことと違うじゃねぇか」
「任務遂行のためなら、そうした方が手っ取り早い。どうせ記憶を消すわけだしさ」
「だいたい、いきなり斬りかかってきやがって」
「攻撃を当てたら勝ち、としか言われていないから」
「……お前、人間じゃねぇ」
「お前に言われたくない」
非常に納得がいかないらしく、琴音は酷く悪態づいていたが、涼はようやく大人しくさせることが出来て満足そうだった。
涼は手にした剣を再び琴音に突きつける。
「さて、約束だ。まずは羽を渡して貰おうか」
「待てよ、攻撃を加えたら勝ち、だろ?」
「怪我はしたくないだろ?」
「むっ……」
優しげに微笑む涼の態度に、面白く無さそうに顔をしかめた。琴音としても痛いのは嫌だが、その気遣いが気に入らなかった。
諦めの悪すぎる琴音を宥めるように、じりじりと剣との差は詰められていく。刺されば死にそうなので琴音も後退していく。このような状況が少しの間続いてから、不意に声が聞こえた。
「見つけたよ」
子供っぽい声音だが活力の欠片も見られない、妙な声だった。
琴音は思わずその方に振り向き、慌てて声を上げた。
「あ! こら、泥棒!」
目に飛び込んできたのは、相方の傍から離れて姿を見せなくなった、小さな妖精の姿。そして、鞄に入れておいたはずの羽がカラナの手に渡っていたことだった。
羽を取り返そうとカラナに襲いかかろうとしたが、銀閃と共に現れた刀身に、動きをぴたりと止められてしまう。
「カラナは……というより妖精は、羽の位置を感じ取ることができるんだよ」
「あ?」
今にも怒りが爆発しそうな琴音に、涼は感情を逆撫でするかのように不敵な笑みで話す。
「琴音が鞄を投げたとき、カラナには羽の在処を調べて貰ったんだ。琴音がポケットにでも入れていれば無理矢理、鞄に入っていれば取ってきて貰おうようにね。どうせ大人しくは渡してくれないだろうから」
「渡すわけないだろ! あれはあたしのだ!」
「だからこうしたんじゃないか。戦っていればこっちに目が向くし」
「うぐぅ~!」
悔しそうに地団駄踏み、子供のように両手をめちゃくちゃに振り回す琴音を余所に、カラナは羽を持ってこちらに飛んでくる。
「……さて、やっと仕事に移れる、かな」
涼は剣を一端引き、再び琴音に向けて構えた。表情は、あくまで笑みを浮かべたままだ。
「おいこら、糸目。あたしを殺す気か?」
「君はこの状況でもよくそんなこと言えるね……でも、殺しはしないから安心してくれ」
「言ってることとやってることが違うぞ」
「いや、これでいいんだ。まずは――」
瞬間。
琴音の前で、涼は剣を振った。
一閃は迷い無く、反応さえ取れないほどの速度で、琴音の体を裂いてしまった。
あまりにも一瞬のことで、何も理解できないまま、琴音の体は尻餅をつくように倒れていた。空気が、死んだように止まっていて音も聞き取れない。
――静寂が破られたのは、小さな疑問符が口から出てきてから。
「……な、なに? なんだ、今の?」
それは、たった今斬られたはずの琴音の口から溢れた言葉だった。
彼女は、自分が斬られたと思った脇腹から腕にかけて、自分の手で触って確認する。しかし、そこには傷らしいものなど一つもなく、制服にも刃物が通過した跡は全く残されていなかった。
琴音は立ち上がり、その疑問をぶつける。
「おい糸目、今、何しやがった?」
問いに、涼の目がぴくりと動いた。カラナもどこか不思議そうに目をやっている。
「つーか、その剣どういう仕組みだ? あたし今、間違いなく斬られてたよな? じゃあ、さっき鎖が剣に当たったのはどういうことだ?」
不思議な光景を目の当たりにした疑問は、今度は純粋な興味に変わっていく。琴音は手品師を前にしたように好奇心に満ちた瞳で問い続ける。
「……どういうことだ?」
だが、質問に質問で返すようなことを、なぜか涼の方が口にしていた。
涼は手にした剣を一瞥して、再び琴音に斬りかかった。今度は琴音にもはっきりと、全身を真っ二つに斬られたように見えた。剣の動きに、風もまた上から下へと動く。
再び頭の上から胸の辺りまでを手で触れて、琴音は目を爛々と輝かせた。
「おぉっ! すげぇ! お前の剣どうなってんだ? 教えろ、羽のこととかも、全て教えろ! その様子だと、どうせ昨日戦ってたのもお前なんだろ? さぁ話せ、今すぐ話せ!」
困惑しきった顔で剣を見直す涼を前に、琴音は興味津々といった様子である。
「お前こそ、どういうことだ? どうして今のことどころか、羽のことまで憶えてる?」
「いや、忘れるわけねぇだろ。そんなことあっさり忘れるほどバカじゃないぜ?」
「そういうことじゃない! どうして、お前は記憶が欠けてないんだ?」
「は? もしかして、今のってそういうことだったのか? って……そういえば、あたしの記憶を奪う、みたいなこと言ってたよな。その割に、なんともないぞ?」
「もう……やだ、こいつ。非常識すぎる……」
手にした剣の切っ先が地面に落ち、左手で目元を覆う仕草を見せる涼。彼の肩に、カラナの小さな手がポンと置かれた。
その様子を見ていて、琴音はひらめいたとばかりに笑みを浮かべる。
「どういうことなのかさっぱりだけど、お前らがあたしに何も言わなかったのは、どうせ記憶を消すから話さなくていいって思ったからだろ?」
問いかけに、涼は溜め息混じりに頷いた。
「で、それが上手くいかねぇなら、話さない理由は無くなったんじゃないか?」
「……何が何でも情報が欲しいのね」
「その通りだ、鬱妖精!」
「カラナよ」
「いちいち細かいんだよ。……でも、お前らの話を聞かないとあたしも話についていけないんだ。そっちの方がメリットあると思うぞ?」
そう言って涼とカラナに近づきながら、「悪くはないだろ?」とどこかの悪人が交渉の時言いそうなことを言う。
――と、次の瞬間。琴音はサッと手を伸ばした。
「隙あり!」
琴音は妖精には手に余る大きさの羽を、瞬く間に奪い去っていた。カラナが「あ……」と思わず口を開けた時には、琴音は素早く後退していた。
「あはは! 油断大敵だぞ、鬱妖精! この羽はいただいた!」
「完全に悪人だな、お前」
「うっさい。それに、これがホントに危険なら、どうして危険なのか教えやがれ!」
獣が威嚇するように睨み付けながら、羽を守るように両手で握って手放そうとはしない。一度奪われてしまったということで、警戒心がこの上なく高まっているようだ。
まるで、人質と共に立てこもった犯人のように、琴音は要求を突きつける。対して、涼は静かに告げた。
「……あんまり、話したくなかったけどね。それは『次元の羽』って言う、危険なものだ」
あまり話したくないと言った通り、涼はかなり渋った声音で話していた。しかし、ようやく説得に応じてくれたことに、琴音は歓喜の声を漏らしていた。
「ほぉ、それはどんな意味で危険な羽なんだ?」
「元々、『次元鳥』って精霊が落とた羽で……とにかく、早めに取り除かないと大変なことになる」
「へぇ、この羽がねぇ……次元の羽、か……」
初めて耳にした名前を呟いて、羽を取り出した。見れば、闇夜の中でも作り物のような羽は、この世の物とは思えないほど輝いて見えた。
――いや、本当に光輝いていた。羽を手に入れて、一度も見たことのない光景だった。
「――っ! おい、カラナ!」
それを見た途端、大慌てで涼は相方の名前を呼んだ。
「まずい……空間が歪み始めてる」
「くそ! おい琴音! 早くそいつを遠くに投げろ!」
「へ?」
咄嗟に剣を構え直し、こちらに羽を手放すよう強要される。琴音はその意味がわからずキョトンとした顔をしていた。
「ちっ!」
涼は舌打ちして、剣を構えながら一気に向かってくる。
武器を手にした相手が襲いかかってきたとなると、琴音は無意識の内に飛び下がってしまう。次元の羽は、輝きを増していく。
――そして、目の前を塗り潰す程、羽は光り輝いた。
「――――」
光に飲み込まれた直後、まるで足下が消え去り、転落していくような感覚に陥る。今まで感じたことのない浮遊感を味わいながら、光の中へと飲み込まれていき、その直後。
自分の腕が何者かに引っ張られるような気がした。まるで鎖に繋がれたような、気を抜けばそのままそちらに連れ去られてしまいそうな。
「気持ち悪っ! なんだこれ……」
宙に浮いているような感覚の中で、右腕に繋がる何かに引きずられそうになる。感覚に異様な不快感を憶え、琴音の表情が変わった。
「調子に乗るな、バカ!」
足場のない空間で両足を必死に踏み込む。自分を捕らえている誰かに向けて叫びながら力一杯、振り回すように右腕を引いた。
まるで琴音の行動に呼応するように足下の浮遊感が急に崩れると、空から着地したのではないかと思うほどしっかりとした地面に足が触れた。
「どわっ!」
いきなりのことに体勢を崩し、琴音はその場に倒れこんでしまった。
「ったく……なんだよ、いきなり……」
倒れたときに生じた軽い痛みを抑えながら、琴音は上体を起きあがらせて前を向いた。
「……琴音? どうして……」
「ん? どうかしたか、糸目?」
見れば、輝きを放っていた羽は手元に落ちていて、あの光は既に見られなくなっていた。
光を抜けた先の現実は変わりなく、眼前にはあいかわらず涼とカラナが居る。だが、涼は琴音の姿を確認して、酷く驚いていた。
「どうした、じゃない! お前、どうして次元の羽の光をあの距離で浴びて、ここに居るんだ?」
「はぁ? なんだ、あたしに消えて欲しかったのか?」
「違う! 普通ならあの光を受けたら、強制的に異世界に飛ばされるんだぞ!」
「……え?」
異世界、という単語に琴音は明らかな反応を見せた。
それだけの言葉で過剰なほどの興味が注がれる。同時に、自分の中で薄れていた記憶が、感覚が、頭の中を駆け巡っていくのがわかった。
彼女は考えが纏まらないまま、しかし訊かずにはいられなかった。手がかりどころか、答えと言っても過言ではないものがそこにあるような気がした。
しかし、希望は無情にも遮られてしまう。
「涼、あれ」
カラナは琴音の背後を指さしながら、何かを見つけたらしい。
涼は指摘された方角に目を向けながら「さっきから、なんだよ」と悪態づきながら剣を構える。
「おい、お前ら?」
「琴音は下がってろ!」
叫び、涼は一直線に突っ走ってくる。琴音もそれに習って後ろに振り向いてみると……。
「んな?」
とぼけたような声を上げるようなほど、奇妙な事態が起こっていた。
振り向けば、そこには鮮血のように赤い体毛を纏った、一匹のオオカミが居た。その全長は、下手したら涼よりも大きいのでは無いだろうか? 自然界を探し回ればどこかにいるかもしれないが、こんな町はずれに居てはならない異形であることは確かだった。
オオカミは駆け抜ける涼を睨み付けながら、今にも飛びかかりそうな体勢で構えている。
異形に臆することなく、涼は素早く距離を詰めて剣を振った。攻撃を加える一連の動きは、琴音に向けて放ったそれよりも鋭く速い。
振り下ろされた剣は、なぜか金属がぶつかり合う音を立てて獣を裂いたように見えた。しかし、涼は弾かれたようにオオカミから距離を取ってしまう。――いや、涼が先ほどまで居た辺りに、剥き出しの牙が襲いかかってきたのを見れば、それは回避のための行動だったのだと知ることが出来る。
「お、おいおいおい! なんだこりゃ!」
涼と異形が対峙している様を見ながら、琴音は楽しげに声を上げた。
羽を回収してポケットに収め、辺りを見回して地面に落ちていた鎖を目に入れる。彼女が武器を手にしようと向かったとき、目の前からカラナが現れて行く手を遮った。
「……邪魔すんな、鬱妖精」
「警告。危険だから関わらないで」
「こんな楽しそうなこと目の前にして、誰が関わるなって? ふざけてるだろ」
「……まったく、ふざけてるのはあなたよ。涼の一撃を止めた相手に、あなたが敵うわけないでしょ? 邪魔になるだけ」
「知るか。あたしは前門の虎も後門の狼もまとめて相手する人間だぞ?」
「君子危うきに近寄らず」
「鬼の居ない間にも藪をつついて蛇を出してやる。つーわけで――」
小さな妖精を、まるで虫を叩き落とすように払い除けると、琴音は走り込んで落ちていた鎖に手を伸ばした。
「よし、これで準備万端! いざ……って、あれ?」
振り返れば、そこには空虚な暗闇だけが広がっていた。涼とオオカミの化け物が戦っていた様子は全く見あたらない。
棒立ち状態で辺りをきょろきょろ見回す琴音に、上方から声が掛かる。
「ご苦労様。二人ならとっくに場所を変えたわ」
見上げれば、そこにはしてやったりといった顔で、カラナが空を舞っていた。彼女の両手には、どこからともなく取り出した鳥籠が握られていた。
「なんだと?」
「私は涼を追わないといけないから。じゃあ、縁があればそのうち」
「お、おいこら! せめて状況くらい伝えて行きやがれ!」
琴音の呼びかけにはまるで答えず、カラナは上空を飛んで行く。急いでその方向に向かってみるも、暗闇なので視界が悪く、小さすぎて物陰に隠れていれば見つかりそうもない。
では、あのオオカミを追う? その考えにも至ったが、カラナが言ったとおりどこかに行ってしまっている。それこそ本当に、神隠しにでも遭ってしまったかのように。
「くそ、諦めてたまるか!」
琴音は自分の鞄を手にして、空き地を出る。辺りを見回し、勘を頼りに戦闘が起こっていそうな所を目指して全力で走っていく。
「折角……あの異世界のことが分かりそうなのに、あいつらあたしのこと放置しやがって! ふざけんな!」
行き場のない怒りを虚空に叫びながら、必死に周囲に目を配り走り抜ける。
だが、どれだけ探しても、誰の姿も捉えることは出来なかった。
「……ちくしょう」
やがて走り疲れ、動きが次第に緩慢なものになってしまう。それでも彼女は歩き続けた。
ついには近辺をぐるりと見て回り、元の位置に戻ってきてしまった。そこには当然、あの糸目さえ居なければ、鬱妖精の姿も見られることはなかった。
琴音は肩をがっくりと落とし、空き地に真ん中で一人、聞き分けのない子供のように叫んでいた。
「ちくしょう……また、あたしは道化かよ! くそ、見てやがれ! 幻想研究部の総力を掛けて見つけ出してやる。覚悟してやがれ!」
とても自己中心的な怒りと宣言を夜空に言い放ち、琴音は疲労のせいでその場に倒れ込んでしまった。
仰向けになって目に映る空は、いつもの黒地に星を散りばめただけの光景だった。