こうやってブログの更新を小説に頼っているとものすごく楽ですが、これ書き終わったらネタ切れで大変そうだなぁと思います。まぁ、それも毎年恒例ですけれど。
ちなみに応募用の方はといえば、いつものように無駄に名前にこだわっているせいで進展はほぼ無し。……ちょっとは焦れよ、自分……。
そんな裏方的な近況はともかく、本編は例によって以下more
琴音の住む家は、ごく普通の一軒家である。両親は仕事の都合であまり家に戻らないため、普段は琴音がやりたい放題に部屋を散らかしていた。
昨日の一件の後はドッと疲れが来て、ソファの上に寝転がってそのまま眠ってしまったのだろうか? どうも帰宅してからの記憶があやふやである。
そういえば、腕を動かせば着込んでいる服の感触が、学校の制服のそれと酷似していた。やはり、あのまま眠ってしまったらしい。
夜中、走り回ったのが原因だったのだろうか、未だに気だるさが抜けない。だが、今日も学校がある。……朝の日差しが目蓋を刺激しているので、酷く眠りづらくなっている。
「……つーか、なんでこんなに怠いんだよ……あー、しんど」
長い髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながら起きあがる。怠惰な感情に押しつぶされそうになりながら、ソファに腰掛けてぼーっと前を見た。
目の前にはテーブルがあり、机上には一枚の次元の羽と、結局持ち帰ってしまった錆び付いた鎖が転がっていた。
琴音は羽だけを手にしてポケットに収めると、とりあえず最低限の身支度をするため部屋に戻っていった。
……手にした羽が、硝子の中に映したかのような景色をほとんど失っていたことに、彼女はまだ気づけなかった。
とある木造アパートの一室。
手狭に感じる部屋の中で、涼は昨日の戦闘で負った左腕に、包帯を巻き付けてきつく縛る。覚悟はしていたが、痺れるような激痛にほとんど声が出なくなった。
「痛っ……」
包帯の上から腕を押さえながら、涼は痛みに顔を歪めた。
二日も連続して戦ったのである。確かに普通なら次元鳥が現れると忙しくなるが、それは次元の羽のせいであって、戦闘が起こるからではない。昨日が異常だったのだ。
昨夜の赤いオオカミを戦った際、腕に噛みつかれて大きな傷を負った。死ぬほど痛かったが、口の中という強固な体毛よりも軟弱な部位を突くことができたので、能力無しで勝利を収めることが出来た。
「……強度を欠けばよかったのに」
苦痛に耐える涼を、呆れた表情でカラナが指摘する。涼は苦笑で返した。
「能力を使うと疲れるからあんまりやりたくなかったんだよ。琴音に対しても使ったし、次元鳥のときも多用したから疲れも溜まってた。あと、自分がどれだけ強くなったのかも見てみたかった」
「なら、修行不足なだけ」
「……手厳しいな。そりゃ、自業自得だけどさ」
カッターシャツを羽織りながら、自嘲気味に答えた。
ここのアパートに住み始め、もう一年以上経過するのだろう。ここに来た当初は、こんな事態になるなど思ってもいなかったのに。残念ながら、単純な戦いだけなら相当強くなってしまった。とはいえ、しばしば傷を負ってしまうことに変わりない。
朝一からそんな事を考えて気分を落とすのも嫌なので、話題を逸らすことにする。
「それで、羽はどう?」
「…………。……昨日の一件で、それどころじゃ無くて……」
「さぼったね」
「……たぶん、琴音が持っているのを含めて、あと三枚くらい。……気のせいか、少し、数が合わない気がするけど」
「俺がダウンしている間に調べてくれればいいのに」
そう、昨日の段階で二人はかなりの羽を回収していた。
次元鳥の落とす全ての羽には、昨日琴音を包み込んだ光を放つ力がある。羽の光に巻き込まれるものが現れないようにするのが二人の役目だ。そのためには、どんな羽でも取り除かなければならない。
……だが。
「それにしたって、昨日のあれは、おかしいよな」
涼は昨夜の出来事を思い出していた。
もう、琴音はここから消えてしまうものと思っていた。なのに、彼女どころか羽さえもあの場に留まっており、さらには……。
「召還は、次元鳥しか出来ないはずだぞ」
「あのとき、確かに歪みが見えた。……でも、その中のイレギュラーまでは、知らない」
「だよなぁ……妖精はそこまでわからない、か」
頼みの綱に裏切られた気持ちになるが、ある程度予想できていた。それに、琴音のおかしさはこれだけに留まらない。
「そもそも、妖精の力が効かないとなると……次元鳥以上に厄介じゃないか? 妖精の力が通用しないって何者だよ?」
「私が訊きたい」
「だよなぁ」
大きく溜め息を吐いてから、床に置いていた鞄を手にとって、小綺麗に整理された部屋を出て行く。カラナも後ろからそれを追ってきて、鞄の口から中に入り込んでいった。
靴を履き替えながら、涼は尋ねる。
「……琴音の羽の位置、わかるか?」
「微弱すぎて難しいけど、やるだけやってみる」
「あぁ、頼んだよ」
「とりあえず、昼からでいいね?」
「さっさと働け、怠け者」
彼らにとってはいつも通りの会話で、常識からかけ離れた日常どおりの一日が始まっていった。
昼休憩を迎えたというのに、琴音は調子悪そうに机に突っ伏していた。表情はあからさまな嫌悪感に満ち溢れている。
「あーあ……勉強も何もかもめんどくさ」
「やっぱり日課ね、それ」
「うっせぇ! 昨日の夜のことがあって、勉強なんてやってられないんだよこっちは!」
「はいはい、わかったから騒がないで。主に近所の私に迷惑だから」
心底呆れた声で、沙遊はいつものように琴音を宥めようとしたが、今日の琴音はおかしかった。
「本当に悔しいぜ。あいつらにまた逃げられたし、やっと見つけそうだった手がかりを易々逃したし……はぁ」
いつもならこの辺でだらだらと会話が続くか、琴音が一方的にヒートアップするはずなのだが……どういうわけか、沙遊には琴音が酷く疲れているように見えた。
そういえば、確かに朝から「きつい、しんどい、だるい」を呪詛の如く呟いていて、しばらく倒れていたが……普通なら、もうとっくに復活しているはずだ。勉強嫌いが要因でないなら、琴音は本当に体調が悪いのだろうか。
「大丈夫なの? 琴音らしくないよ?」
沙遊に指摘されても、琴音は相変わらずだらだらと机に突っ伏していたままだった。会話しやすいようにこちらを向いてきても、その笑みにはどこか疲れの跡が見て取れた。
「ん。そりゃ夜中あんだけ走れば疲れるわな。……悪いけど、ちょっと次の授業も、寝る」
「うわ! あんたが授業で寝ることに罪悪感を覚えるなんて、病気だ! 授業より保健室行ってきなさい!」
「ま、ほっといてもあたしだぜ? 少しだれてたらすぐになんとかなるさ」
「じゃあきちんと授業受けて衰弱してて。今の琴音、とても静かだから。回復なんてさせてたくない」
「……心配してたんじゃないのか、お前……?」
そういったやり取りをやっていても、琴音はだんだんと意識を失っているように見えた。さすがに沙遊でも、彼女のことは気になる。……が。
「で、だ。放課後までにはなんとかするから、部活に出てこい。奴らを追う」
「……そういう展開になるのね、やっぱり」
心配して損したと思うことに、時間など必要なかった。
だらだらとした二人の様子を、窓の外から眺める小さな姿があった。カラナだ。
「やっと見つけた」
カラナは少し疲れた様子で背中を丸め、嘆息を吐いていた。
妖精は羽の位置を――正しく言えば、次元の羽が持つ力を探ることができる。しかし、力をほとんど消耗してしまった羽の気配を探し出すのはさすがに骨が折れる。そもそも羽は、本来なら昨夜のような事態が起こる前に回収し、回収できなければ自然と消えてしまうものだ。つまり、こんなことやったことが無いのだ。
カラナに課せられた指示は、琴音が在学するのはどこか調べること。そして、接触する方法について考えておいてほしいということだった。
とりあえず琴音が祈抄高校に居るということは分かった。では、どうやって彼女にコンタクトを取ればいいのだろう? その考えに至った瞬間、彼女の悪い性格が働いた。
「……もう、私は充分仕事した」
彼女は自分の羽のようにやる気の欠如が見られる。カラナとはそういう妖精だ。
今回もそれに倣って、あとは相方に丸投げして自分は楽をしようと考え始めていた。居場所さえ教えれば、あの涼のことだからなんとかしてくれるはずだ。
考えることを放棄して、カラナは踵を返して戻ろうとした。――そのとき。なぜだろう、ふと視線を感じたのだった。
なんだか嫌な予感がして、視線を感じ取った方を向く。目を向けたのは校舎の屋上で、もうこちらを見ているようには思えないが、確かに一人の人影が見えた。
身長が低めの男子で、髪は涼と比べてかなり長い。今は誰かとケータイで会話をしているように見えた。
「……気のせい?」
できれば妖精の存在を知られない方が良いが、多少見られても撮影されたりしない限り、世間に広まる心配はない。どうせ鳥と見間違えたなどと言われて、それでお終いなのだ。
……そうとわかっているのに、なぜだか嫌な予感が止まらない。カラナはもう一度だけ、二階にある教室を目にして帰ろうと思った。――が。
「……あれ?」
見れば、さきほどまで琴音がぐったりと倒れていた机には誰もいなかった。一緒に会話していたと思われるクラスメイトの姿も消えていた。
嫌な予感が止まらない。カラナのやる気に欠けた顔には、珍しく焦燥感が浮かび上がっていた。
ハッとなり顔を上げると、屋上のフェンス越しに先ほどの男子高校生が、朗らかな笑みをこちらに向けてきていた。完全に気づかれていた証拠だった。
「…………」
これ以上関わってはならない。カラナはそう悟って、この場から離れようとした。
だが、その行動はあまりにも遅すぎた。
「こら鬱妖精! 逃げんな!」
「……嘘でしょ……」
背後から聞き覚えがありすぎて、忘れることも難しそうな怒鳴り声が届いた。加えて、金網を何度も何度も蹴りつける音が響いていたので、もう相手が誰か確定していた。
振り返ると、先ほどまで教室に居たはずの琴音が、屋上まで上ってきていた。先ほど話をしていたように見えた少女も一緒だ。隣では、少年が困ったように笑っている。
……こうなると、逃げ出して下手に騒ぎを広げる方が危険だ。果てしなく関わりたくないが、妖精としての責務は一応、こなさなければならないだろう。
カラナは三人の視線を一身に受けて屋上までやってきて、フェンスの上に腰掛けた。
「よぉ鬱妖精! ここで逢ったが百年目だなぁ!」
「出来れば未来永劫遭いたくなかった」
快活に笑いながら挨拶をする琴音に、カラナは心底嫌そうな声で答えた。
見下ろしてみれば、テンションが悪い方に上がりっぱなしの琴音と、優しげな表情でこちらを見る男子高校生。そして、二人とまるで関わりがないような、明らかに混乱した様子の女子といったメンバーだ。特徴の無さそうな女子高生を除いて、危険な香りがする。
カラナはまず何を話すべきかと考え、とりあえず。
「そこのあなた、私を見ていたのね」
尋ねると、彼は「僕は橋竹筑士」と軽く自己紹介してから。
「そうだね。実際に妖精を見たのは初めてだったし、琴音も何か知ってるかもと思って連絡も取ってみたんだ。驚かせてごめんね」
「……妖精を、見た?」
「うん。といっても、夢を見ていたように薄れちゃった記憶の中で、資料に目を通したくらいだけど。もしかしたら、琴音もサンプルくらいは見たこと、あったかもね」
その言葉の意味をしばし考えて、カラナは一つの答えを提示した。
「…………。……まさか、神隠し?」
「ずいぶん昔のことだけどね」
「……嘘でしょ? そんなこと……ありえない」
「それに関しては、僕も詳しくはわかってないんだ。琴音は何も言わなかったの?」
筑士が振り向いた先を、カラナも追って見ると――こちらの会話など眼中にも無い様子で、二人は話し込んでいた。
「どうだ、沙遊もこれで信じたろ?」
「……いやいや、嘘でしょう?」
「じゃあ、あの鬱妖精をどう説明するんだ? もし出来なかったらお前も異世界があるって認めるしかねぇぞ」
「…………それは……その……」
「あっはっは、あたしの勝ちみたいだなぁ、沙遊!」
カラナが見ても、もう一人は完全にこちらの事情を知らないらしく、それを琴音に脅されていた。沙遊と呼ばれた少女は、一人頭を抱えて「なにがどうなってるのよ、もう!」と混乱している様子だった。
あちらの話に決着が付いたようなので、琴音もこちらに加わる。
「さて、早速お前らについて話を聞かせてもらおうか!」
……訂正。一方的に情報を搾取しようとしてくる。……カラナは頷いた。
「おぉ! やっとその気になったか!」
琴音は歓喜の叫びを上げた。一方、カラナはマイペースに淡々と告げる。
「……でも、交換条件」
「ん? 羽はやらんぞ?」
「次元の羽はもう驚異じゃなくなったからいいけど、涼が琴音の話を聞きたがってる。だから、学校が終わってから会ってほしいって」
「武器は何でも持っていっていいのか? 再戦ならこっちから受けて立つぜ?」
「なんで戦う気なのよ……」
カラナは呆れながらそう呟いたが、裏腹に琴音は異常なまでにやる気だった。
とはいえ、どうせ昨日の二の舞になるのは目に見えているので、無視して次に進む。
「場所は二人とも分かるように、昨日のところ。六時くらいには着くよう伝える」
「待て待て、それじゃ鎖を取りに戻れないんだが……」
「必要ないから。……で、話は涼に任せるから後は知らない。……以上」
話を伝え終えたので、カラナはさっさと帰っていこうとする。
だが、そこで思わぬ声に遮られた。
「ところで、僕は参加していいのかな?」
筑士の声だった。彼は柔らかく微笑みながら尋ねてくる。
「……出来れば、話は広げたくないけど」
「広げるも何も、僕は元々異世界について知っているんだよ? 羽についても琴音から聞いたし。昨日のことも知りたいしね。それに……異世界に関係あるなら、僕もそれについて訊きたいところだ」
「……一応、涼には伝えておく。でも、涼に斬られても責任は取れない」
「それは怖いなぁ。そうならないように気を付けるよ」
「はぁ……問題が増える一方ね……」
斬るというが、それは昨夜、琴音にやったように記憶を消すことが目的である。だが、それをやると今度は琴音への反感を買いそうな予感もするし……頭が痛い。
「ところで、そこの……沙遊、さん?」
「やっぱり喋ってる! え、やっぱりこれ本当なの?」
ついでなので話しかけてみると、予想以上に驚かれた。
「あなたは来るの?」
「……よくわからないし、事情もわからないけど、あなたがすごく嫌そうにしてるのはわかるわ。……行かないわよ、きっと。私はあくまで部外者、ノーマルは私だけで……」
そう言って、ふと周囲を見回す沙遊。そして。
「なんでこの場に一般人が私だけなのよ!」
「小説書いてたりする割に、全然ダメだな、お前」
「普通は本当に在るなんて思わないわよぉ! 真実じゃないからフィクションが生まれるのに、どういうことよこれ!」
かなり錯乱しているようだった。……とりあえず、琴音あたりに連れ出されたりしなければ彼女は問題ないだろう。もし問題があるなら記憶を消しに来ればいい。
「話は終わり。じゃあ、また」
手を振って、今度こそカラナは宙に飛び出していった。もう、今日はこれ以上働きたくないと胸に誓いながら。