黒い線が降り注ぐ。グラートの手の動きに合わせて。細長い槍のようなものが無数に吐き出されていた。
遠くから見れば、それは良く張られた植物の根に見えたかもしれない。けれど一本一本が容易く地面を抉り、エイムすら破壊する光景には絶望感しか浮かばない。
グラートから離れた位置で《セブンスエッジ》を操作するヘリトは、汗を拭いながら舌打ちした。七剣のエイムであったそれは、既に二本を欠いていた。
「まったく、こんな化物相手にエレはよくやるよ!」
自分を奮起させるようにあえて口に出し、グラートの指先から伸びてきた数十本の黒い槍に立ち向かう。
真っ向から立ち向かってはダメだ。たとえ一本が一握りほどの太さであっても、真正面から当たれば大剣ですら砕かれる。現に、初撃で防御に回した剣は紙も同然に砕かれた。
だが、自分はまだマシな方だ。比較的後方に居ながら、遠隔操作で戦えるのだから。
接近し、得手である鎌を振るうエレの方を一瞥すると、そこは地獄のようだった。
大樹が落ちてきたかのような錯覚さえ覚える片腕を叩きつけられ、エレは横に飛んで回避。指先から四方八方に黒い槍が噴き出すも、彼女はそれを避け、鎌でさばいて接近。
続けざま、彼女は腕に向かって大鎌を振り下す。深々と突き刺さる大鎌だが、人間サイズの大鎌では、巨人にとって針が刺さった程度の外傷しか与えない。
ヘリトを襲っていた片腕が、五本の指が変化し幾本もの槍となり、容赦なくエレを襲う。彼女は即座に鎌を抜いてその場から消えた。
彼女はノーアの正面、巨人の足元に姿を現していた。
直後、巨人の片足が大地の振動を引きつれて浮いた。
「危ない!」
ヘリトが叫ぶ。彼の声をかき消す轟音が、次の瞬間には戦場を満たしていた。
地面を踏みつけた、たったそれだけで先ほどまでエレが居た場所に巨大な陥没が生まれる。それどころか衝撃が周囲の建物を崩し、強大な振動にヘリトも態勢を崩された。
グラートはそれを見逃さない。両腕を持ちあげて、十本の指先から、たった一人を貫くために膨大な数の槍が放たれる。
嘘だろ! あまりにも現実離れした状況に、ヘリトの足は竦んだ。
殺される。頭に言葉が過った直後、目の前に黒い影が滑り込んできた。
エレだ。彼女は槍が襲いかかってくる前にやってきて、ヘリトの手を取ると、あろうことかグラートに向かって飛びかかっていった。
心臓が凍りつくような感覚。直後に「伏せろ」と彼女に言われ、言われるがままに地面に身体を寝かせる。二人の頭上を、夕焼けを覆い尽くすほどの黒い線が張り巡らされた。
グラートの槍が手元に引き戻されていく。確認して二人も立ち上がり。
「……どんな悪夢だい、これは」
「安心しな、ヘリトが弱いだけじゃない。今回はあたしも相当きついさ」
と言っているわりに、彼女が汗をかいた様子はなかった。嫌気がする。
見れば、先ほどの一斉掃射を受け、剣の数が減っていた。手にした短剣も含め残り三本。
僅か数分で、《セブンスエッジ》はもう半分以下に減ってしまった。とはいえ、まだ五体満足でいられるのは奇跡だろう。
それに……こんなエイムを使っていて、よくもまぁ生きられたと思う。
「皮肉だね、ホント」
こんなときに重要なことに気がつくなんて、エイム職人として情けないことだった。
自分の非力さを恨んでいる合間にも、グラートは容赦なく手を動かす。軋む身体に鞭を打ち、残された剣を構えて横に飛ぶ。
真っ直ぐに穿たれた黒い束は、エレとヘリトを左右に振り分けた。命からがら逃れたヘリトとは対照的に、鎌を盾にあっさりと避けるエレには余裕が見て取れた。
「どうしたもんかね。避けるなら問題ないにしても、倒すのは骨が折れるってレベルじゃない。ヘリト、あんたは何か策があるか?」
「冗談。僕はノーアを助けにきただけだよ。倒すなんて眼中にあるはずないだろ」
「あのデカブツを倒せないと助けられるわけないさ、この役立たず」
うるさい、と言ってやりたかったが、実際に役に立っていないので何も言えなかった。
黙って、次の攻撃に備える。何度もやっていることだが、疲労は募り武器は壊れている。もう、何度耐えられるかわからなかった。
そんなヘリトの内心をあざ笑うかのように、事態は良からぬ方向に動く。
「あ、まずい」
最初に何かに気付いたのはエレだった。
巨人がゆっくりと旋回を始め、つられるようにノーアも、操り人形のようにふらふらとした足取りで動き始めた。
「な、なんだ?」
「あたしらをなかなか殺せないからって、面倒になって街から先に壊す気なんだろうさ。……いやぁ、意外と賢いなー。さっすがお嬢様の魔力を吸った怪物」
「お、おいおい、感心してる場合じゃないぞそれ!」
「人聞きの悪い。あたしゃ感心なんてしちゃいないんでね!」
言うや否や、エレはあっという間に一陣の風となってグラートに襲いかかっていた。消えるように移動し、目で追うよりも早く彼女はグラートの腰のあたりまで飛んでいた。
そのまま一閃。人間なら上下に切り離され、並のグラートなら致命傷を与えるほど深い一撃だったが、やはり化物は気にした様子はない。
巨人は宙に浮いたままのエレを、虫をはたくように打ち落とした。
「エレ!」
小さな死神の姿は、崩れた建物の中へ吸い込まれ、土煙りと衝突音を放った。思わずヘリトが駆け寄るものの、それよりも先にエレが残骸の中から飛び出した。
真っ黒な衣装は土の色が混じり、あちこちに切り傷を負っていた。エレが傷を負うなど、初めて見る光景だった。
「――っと、やっぱ無茶するもんじゃないか」
恥ずかしそうに頬を掻き、何事も無かったかのように鎌を両手に取った。
「しかも止まりもしない」
彼女がぼやいたように、もう黒い影は止まろうとしなかった。攻撃する二人を無視して、居住区を目指して進み出そうとしているのが嫌でもわかる。
あろうことか、グラートの手がノーアに伸びているのもわかった。
「あいつ、まさか!」
巨人の歩幅がどれほど大きいか、戦っていれば嫌でもわかった。なら、ノーアを自分の手に乗せて連れて行こうとするのは道理だ。
状況を悪化させるわけにはいかない。二人は示し合わせたように彼女の元へ向かった。
真っ先に切り込むのはエレだが、彼女の行く手を阻もうと二本の腕が伸び、指先から一斉に槍が放たれる。あっという間に、彼女の姿は針の山に消えてしまった。
……立ち止っている余裕はない。
心の中でエレの無事を祈り、黒い柱の群衆を迂回。日ごろの運動不足を祟りながら、自分にできる最速の移動でノーアの元へと向かう。
短剣を片手に、左右に二本の剣を引きつれて駆ける。この戦いが始まって、いつも見ている弟子の姿をここまで近くに見たことはなかった。
もうすぐ手が届く。そう思った矢先――赤い光が、こちらを注視した。
「バカ、逃げろ!」
背後からエレの声がした。振り返れば、九本の指から作られた針の群れを強引に抜けようともがく彼女が居た。
……一本の指が、こちらに向けられていることに、ようやく気がついた。
「――――」
言葉も出せず、両脇の剣を交差させて身構える。回避できるとは思えなかった。
太すぎる指から放たれる、生き物のように襲いかかる槍。無数に穿たれた矢を思わせるそれを、少しでも耐えきれるようにと魔力を込めて迎える。
次の瞬間、目で追うよりも早く、光景は移り変わった。
土砂にでも飲み込まれたかのように、二本の剣はあっさりと砕け散った。
残された短剣で身を守ろうとしたヘリトだったが、無情にも槍が短剣の腹を突いた。
――澄んだ音が一瞬だけこだまして、手の中が急に軽くなった。
それが感覚で分かったときには、黒の群れに成す術もなく吹き飛ばされて、ヘリトは地面を転がされていた。
「が……っ!」
内臓が揺れ、視界がぐるぐると回り、腹部に激痛が走った。視界の端で、自分を突き飛ばした槍の柱が立っていたのがわかった。
逃げないと。頭で理解して立ち上がろうとして……口から、赤いものが大量に落ちた。
気味が悪いくらいの鉄の味に不快感を覚えるが、そんなこと些細に思えるほど、立ち上がる気力が湧かなかった。上体を起こす筋肉がごっそり抜け落ちたような感覚だ。
不思議に感じて目を落とす。……そして。
「……あ」
ようやく、自分がどんなことになっているのかわかった。
腹部からおびただしい量の血が流れている。服が裂け、脇腹が抉られていた。
どうやら、エイムが砕かれたとき、自分を吹き飛ばしたあの槍は、ヘリトを貫き損ねたらしい。もしくは、わざわざ苦しめるために傷を残したのか。
どちらにしろ、もうろくに立てる気がしなかった。
立ち上がりかけた身体が崩れ、視線は一か所に固定された。
――そこには、もう手に届くくらい近くに、ノーアの姿がある気がした。
「……あはは」
乾いた笑いが零れた。それは自虐などではなく、達成感によるものだった。
テリハの作ったエイムを見て、数年間エイムを作り続けて、ヘリトは気づいたのかもしれない。自分のエイムには、致命的なほど、気持ちがこもっていないと。
だから、ヘリトの作るエイムはテリハに勝てない。どんなに形だけは立派でも、能力がすごくても、心から何かを作れるテリハには及ばない。
だから、エレの持つ《リベンジャー》なら……グラートに対する復讐心を詰め込んだエイムなら攻撃を受け切れるのに、《セブンスエッジ》は簡単に壊れてしまった。
そんなエイムしか作れず、脆弱なエイムしか持たない自分が、ここまで来れた。職人として、これほど嬉しいことはない。
「――っ! おい! ヘリト!」
酷く遠くで、エレの声が聞こえる。頭上では何か危険な気配が動いているようだ。
だけど、動くだけの気力は、ヘリトには残されていない。
それに……これはきっと、幻覚なのだろうけれど。涙を流して「師匠!」と呼びかけるノーアの姿があったように見えた。
なんだかそれだけで満たされた気がして、自然と笑顔が零れて――
何かが、空を切った音がした。終わりが迫ってくるのが、感覚で分かった。
そして、ヘリトはゆっくりと目を閉じて……。
終わりは、いつまでもやってこなかった。
「ヘリト! おい、死ぬな」
すぐ傍で、何度も耳にした旧友の声が聞こえた。訝しく思って目をあけると、そこには自分を迎えに来た死神の姿があった。
「……エレ」
はて、どうして生きているのだろう? 激痛の中で、ヘリトの思考はやけに澄んでいた。
エレが助けてくれた? いや、それは無理だ。あの距離ではどう頑張っても助からない。
疑問はもうひとつ。視界の隅に映る、もう一人の少女。
「師匠! しっかりしてください、師匠!」
ボロボロと涙を流し、人間らしい表情で泣き崩れる弟子がいた。泣かないでくれよと言いたかったが、血が詰まって声が出なかったので、ひっそりと微笑んでやった。
なぜノーアが正気を取り戻している? どうして僕は生きている? 理解が出来なくて、ヘリトは口を動かそうとして……ようやく、空の異変に気がついた。
空が青かった。夕焼け色の空だったはずなのに、見上げれば黒い影もあったはずなのに。
きらきらと光り輝く青い流動が、まるで青空を思わせるように美しかった。
「さ、おしいけどお前はここで退場さ。すまんな、ノーア。ちょっと我慢しててくれ」
「っ! え……れ」
せっかくここまで来たのに、なんでノーアを助けないんだ。疑問を口に出したかったが、無理やり彼女に担がれて、視界が開けたとき。ようやく、全てを悟った。
青い光――魔力の壁を展開した少年が目に映った。青い光は、僕たちを守ってくれた。
彼の手にある剣があれば、誰も傷つくことはない。そう思わせる何かがあった。
手にしたエイムは、細身の長剣だった。
とても造形など気にしないといった、見た目だけならどこにでもある、飾り気のない剣。しかし、氷のように冷たい刃の色も、個性の薄いデザインも、人を魅了する何かを秘めているように見えた。
その中で、唯一の装飾は――柄頭についている、エイムに似た輝かしい青の結晶。この剣の作り主にとっては珍しい遊び心で、彼女の父との追憶に残る、約束を果たす印だった。
彼女の気持ちを形にしたエイム。誰も傷つけないという決意を体現したエイム。少年の願いを叶えるために、ずっと共にいた少女が作った、二人の思い出が生み出したエイム。
守護のエイム《プロミスブルー》――追憶の中から抜き出したかのような、あのときと同じ形の剣を、ラジは振るう。
グラートの赤い双眸がこちらを捉え、十本の指全てから槍が穿たれる。それを見て。
守りの力を魔力に乗せて放つ。細身の両刃から、滝のように魔力の奔流が起こり、今まさにラジを貫こうとする膨大な黒を迎え撃った。
青く光り輝く壁は、一本一本が持つ破壊力を受け止め、全ての威力を押し殺す。十秒程度のぶつかり合いを経て、黒の侵食は全て食い止められた。
慌てた素振りでグラートが槍を引く。その時を見計らい、ラジは壁の形状を変化させる。
守りの力を、護りの力に変えて。脅威から守る盾を、脅威から護る剣に変えた。
ラジの頭上には、空を割くほどに伸びた青い剣が浮かび上がる。さながら、巨人を切り裂くためだけに作られたような、規格外の長剣だった。
巨人が態勢を立て直す前に、ラジは両手で掴んだ剣を振り下した。
今まで蟻を潰すような戦いをしていたグラートには予想外だったのだろう。成す術もなく、巨人は青い剣の圧力に負け、轟音を立てながら地面に倒れた。木片や土煙が巻きあがり、あっという間に視界が悪化する。
直後、濛々と立ち込める煙幕を突き破って、二人の人影がラジの前に飛び出してきた。
「ぷはぁっ! あぁ、酷い目にあったさ……」
「言う割に、エレさんは元気そうですね」
「ま、な。あんまり攻撃は受けちゃいないし」
そう言って、エレは元気そうに笑顔を見せた。多少の傷はあるようだが、前線に出てこの程度の傷で済んでいる彼女が恐ろしい。
背負うヘリトは重傷だが息はあるようだ。現に、虚ろな瞳でこちらを見ている。
だから、ラジは小さく頷き、「だったら」と頭を下げる。
「ヘリトさんを助けてからでいいです。助力、お願いします」
「……だろうね」
エレの反応から、どうやらこのエイムの弱点は気付いていたようだ。
やがて、土煙の向こうで巨大な人影が動くのがわかった。剣の形はすぐさま解かれ、守りのための盾を作り出す。
煙を払うように一斉に放たれた槍の群れ。ラジは歯を食いしばって受け止めた。
「あんたのエイム、攻撃はついでって感じだ。守ることが全てに見えるさ」
エレが言った通りだ。ラジは首肯で答えた。
誰も傷つけないという意志が込められたエイム《プロミスブルー》は、魔力を放出して盾にするという能力を持つ。テリハが込めた想いと、ラジが抱いていた守りたいという気持ちが相乗し、エイムの常識を超えるほど強い力を放っている。
一方で、攻撃にはあまりにも不向きなエイムだった。今の剣も、形こそ剣に見えるが、実質は盾で殴りつけているようなものである。疲労感も守りのときとは比べ物にならない。
「だからお願いしたいんです。俺のエイムじゃ、攻撃の手が足りません」
「へぇ。使えるものは何でも使う、か……あたしも使う気かい」
にやりと、挑戦的に微笑むエレは、迷うことなくラジに背を向けた。
「へい、了解。受けてやろう少年。どうせあたしだってグラートは殺すつもりさ。……けど、あんたのそれで倒せないとなると、どうするつもりなのさ?」
「俺も知りませんよ」
あっさりと暴露するが、エレは対して興味もなさそうに「ふーん」と頷くだけだ。彼女の背に居るヘリトが、一瞬引きつった顔をしたように見えた。
「なら、あれの魔力が尽きるまで戦う?」
「それも違います。現に、あのグラートは隙あらば逃げるつもりでしょうし。悠長なこと言ってられません」
だけど、とラジは人差し指をぴんと立てて。
「一人、頼りになるのかならないのか分らない秘策を持ってる奴がいます。当面、俺はそいつの手助けです」
言うと、ラジは薄まってきた煙幕の先を見据えた。
巨大な影の足元で、二つの小さな人影が動いているのが見えた。
グラートがこちらの動きに気付いた。
掴まれればひとたまりもない、巨大すぎる腕がこちらに伸びてくる。けれど、彼女は全く動じずに行く末を見守っていた。
――広げた手と自分たちの間に青い光が割り込んで、進撃は食い止められた。
「さすがラジ。頼りになるよ」
満足そうに微笑んで、さて、と視線を下げる。頭上ではなく、同じ目線に居る少女へ。
テリハの前には、ノーアが酷く怯えた表情でそこにいた。本来ならグラートに取りつかれた人間は、意識を奪われてしまっているはずなのに、彼女の眼には光があった。
やっぱり、カギはヘリトだった。自分の予想が当たって、複雑な気分になる。
ドニアスがグラートに取りつかれたときもそうだった。テリハがグラートによって負傷したとき、ドニアスは意識を取り戻した。
つまり、取りつかれた人にとって印象深い人が傷ついたから、ショックで意識を取り戻したのではないか。テリハの出した推測は、嬉しくない形で証明された。
本当はヘリトの呼びかけで意識を取り戻してくれないかと考えていたが……こうなってしまっては仕方がない。再びグラートに意識を奪われてしまう前に、終わらせる。
「テリハさん……その」
「最初に言わせて」
おずおずと話し始めようとした声を、ぴしゃりと遮断する。
「変なこと言わないで。死んでグラートを止めるとか、そんなの考えてる暇はないから」
「っ!」
あぁやっぱり。父と同じことを考えていた少女に、テリハは辟易した。
僅かな時間の沈黙。その間も、頭の上では青い光が懸命に自分たちを守ってくれている。
時間がもったいない。息苦しくなる沈黙を破って、軽く頭を下げた。
「まず謝っておくよ。ごめん、あたしがバカだった。たかが作りかけのエイムを見られたくらいで、あんなにカッとなっちゃって」
「え、いえ、そんな……」
ようやく状況が呑み込めたのか、ノーアは首をぶんぶん振って否定。
「そんなことないです! 私だって、テリハさんが大切にしていたもの、勝手に見ちゃったんですから……悪いのは、私です」
「そこがそもそもの間違いなんだよ」
ノーアの謝罪を根本から折るように言った。
「あたしってバカだからさ。ホントはあのエイム、いつでも作れたはずなんだよ。だけど過去のトラウマだかなんだかよくわかんないもののせいで、最後のひと押しが出来なくて……正直、ノーアに出会う前なら、あれを見られたら、間違いなく怒ってた」
そう、この街に来るまでだったら。誰かに自分の過去を抉られるようなこと、少なくともラジ以外は許せなかっただろう。
だけど、本当はそうじゃなかった。
「でもね、ノーアにエイムの作り方を教えてあげることになったとき……思い出したんだろね。昔はあたしもそうだったって。本当に武器を作りたくて作ってたって」
「じゃあ、テリハさんも、やっぱりエイムを?」
「違う違う。金属の方。鍛冶屋の方。旅に出る前は、あたし武器を作ってたから。その経験が無かったら、エイムなんて作れやしないって」
自虐的に微笑んで見せる。あの頃、武器を作っていた気持ちがあったから、すんなりとエイムで玩具を作れた。《プロミスブルー》のようなエイムの武器だって、初めて作ったのにこの出来栄えだ。しっかりと経験が活きているのは、とても良い皮肉だと思う。
「辛くて逃げ出しちゃったけど、心のどこかでは、前みたいに武器を作りたかった。あたしにはそれしか出来なかったから。それが一番楽しくて嬉しかったことだから。……たぶん、ノーアがあたしに頼み込んできたとき、昔のあたしを思い出しちゃったんだろね」
この気持ちはノーアには知り得ないだろう。共有したのは、テリハとラジだけだから。
でも、伝えることはできる。
「子供の頃のあたしを思い出して、もう一度武器を作りたいって思ってた。それをしなかったのはただの意地っ張りで……そんなことしなくて、気持ちに素直になっちゃってたら、こんなことにならなくて済んだのにね」
もっと自分がしっかりしていれば。武器は嫌いと偽らず、素直になっていれば、こうしてノーアに辛い目に合わせることもなかったのかもしれない。
だからこそ、この問題に終止符を打つために動くのは、テリハだ。職人見習いの少女を助ける責任は、自分にあるのだから。
戸惑うノーアにもう一度、正面から「ごめん!」と素直に謝った。
「だから、ノーアは悪くなかった。悪いのはあたしだよ!」
「……そんなことないです」
今度は、彼女がテリハの謝罪に首を振る。むしろ、同罪とばかりに微笑んで。
「素直にならなくちゃいけないんだったら、私はもっと酷いですよ。だって、エイムなんて作れないって、やったって壊れちゃうって、心の底じゃ捻くれてましたもん。どうやったって、私の魔力じゃエイムは作れやしないんだって思っていましたから」
「だろうね。じゃないと、エイムに壊れろなんて想いは乗せないもん」
「……え、気づいてたんですか?」
呆気にとられたノーアに、「武器職人なめんなよ」とにやりと笑いながら、テリハ。
少し間を置き、揃って苦笑した。なんともあっさり和解できたものだと、テリハは思う。
「さて、そんじゃ本題に入るけど」
和やかな空気を一旦消し去り、ちょっと真面目な顔でテリハは言う。
テリハが本当にやりたいのは和解ではない。それを知って、ノーアの表情も変わった。
「今、ノーアの調子はどう? こうして和んでるけど、意識は?」
「またいつ失ってもおかしくないです」
「おっけ。じゃ、簡潔に言うよ」
一拍の間をおいて、テリハは告げた。
「ノーア、今すぐにエイムを作って。あのグラートを倒すには、それしかない」