「どうすんだよ、これ……」
膠着しきった状況に痺れを切らしたのか、蒼也が誰一人言葉を発しようとしない僕らへと(蒼也自身にも向けた言葉なのかもしれない)訊ねてくる。……が、そんなの、すぐに出せる答えでもなさそうだった。もっとも、僕は口を挟むつもりなんて毛頭無いので、結果として沙李の返答待ちなのだが。
その沙李も、「どうって……」と、はっきりとしない返事しか出来ないでいた。それも、全てはヒントを得るか得ないか、たったそれだけのことなのだが……。
問題は、そのヒントを得る代償が『十日のタイムリミット』なのだから、当然と言えば当然だ。実際、このヒントというシステムは使い時に問題が多い。十日という期間内にヒントを得られたら使う必要は無いのだが……もし、それが『既知のもの』だったり、十日以内に容易に手に入るものだった場合、時間の無意味な浪費を意味する。
……現在、僕らはまだゲーム開始から一日しか経過していないため、あと百四十九日という大きな時間を残してはいるのだが……たぶん、分からないことを片っ端から調べたら、すぐにタイムリミットを迎えてしまうだろう。それくらい、現状は分からない事だらけなのだから。
「とりあえず、今知らなくちゃいけないことって……私の考える限りだと、『電子化』ってのと『魔物』についてかな。特に魔物は……昨日、ぜんぜん歯が立たなかったんだもん。けど、これを調べるだけで二十日の浪費は痛いよね……」
「まぁ、そうだな……ただ、ついさっきの俺たちがそうだったけどよ……一つのヒントから、複数の情報を得ることってありえるんだぞ? だとしたら、もっと別の部分を調べれば……色々、分かるんじゃないか?」
「そっか。……うーん、ナガレだったらどうする?」
……すごく興味ない話題振られた。僕としては、本当にこんなの、どうだっていいのに。むしろ、早く帰るかさっさと話題を終えて欲しかった。
「僕はどうでもいいよ。お前らに任せる」
すると、蒼也は軽く「はぁ」とため息をついてから、呆れきった表情で。
「お前なぁ、いい加減にしろよさっきから……」
「いい加減って言われても、僕は本気でこう思ってる」
「……協調性無さ過ぎるんだよ、リューは」
そりゃそうだろう。僕は最初っから誰かに協力するつもりも無ければ、あれこれ頼んだりするつもりも無い。ゲームさえ……こんな、意味不明のゲームなんかじゃない、普通のテレビゲームさえできれば、それだけで十分なんだ。
素直に返した僕だったが……どうも蒼也は納得いかなかったらしく、堪えきれないといったふうに睨み付けてくる。よっぽど、非協力的に(事実、僕は協力するつもり微塵も無いのだが)映ったのだろう。
そんな僕らを見かねて、沙李がなにやらスッと立ち上がると、僕と蒼也の背後に回りこんできた。……嫌な予感がする。長年の経験から、何が行なわれるのか予測できてしまって――案の定。
「二人とも……」
ゆらりと、華奢な両腕が揺れたと思えば、僕と蒼也の首筋に、冷たい光を照り返す白銀の――
「うおっ!?」
それが目に入った途端、蒼也はバッと沙李から距離を置いた。必死の形相が視界に飛び込む。……まぁ、そりゃそうだろう。僕の首にも突きつけられているが……あれは、メスだ。よく医者が関係すると出てくるアイテム。科学者なんかが持ち歩いている凶器。あの、小型ナイフ。……んなもん持ち歩く女子高生、柴之沙李。
「……ピンセットじゃないんだな」
僕はため息をつきながら、率直なコメントを述べた。昨日の武器があれだったわけだし。
それに、沙李はうれしそうにコクリと頷く。
「うん。あれ、確かに刺さりはするんだけど、威力弱いんだよ。武器として使いにくいわけ。だったら、護身用にはこれくらいあったほうが良いんじゃないかなって思ったんだ」
…………護身、というレベルじゃない。たぶん沙李の現状を言い表すなら、キレて刃物を振り回す若者、と称した方がしっくりくるだろう。正当性なんて見当たらなかった。
「ま、まぁ……確かに、その発想は確かに俺たちには良いんだけどよ……いくらなんでも、人間にそれを使うなよ」
引きつった笑顔で訴える蒼也に、しかし沙李は首を振った。
「言うの遅いよ、蒼くん。……だって、ナガレにはもう――」
「えぇっ!?」
恐怖に彩られた目で僕に視線を移した彼には悪いが……あえて黙秘させていただく。それに、あんまりにも僕らが騒ぎすぎているので、陽鞠もジトッとこちらを見ながら、「うるさいですよ、騒音先輩方」という、意味の分からない名詞を使ってくる始末だった。
そんなグダグダな僕らに、沙李はにっこりと微笑んでから。
「今はそんなに、険悪な雰囲気じゃどうにもならないでしょ? まずは、話を進めなきゃ」
「あ……あぁ……」
何がどうなっているのか、蒼也にはわからなかったらしい。それは、先ほどまで僕らに凶器を突きつけた人間が使う言葉とは、思えなかっただろうから。……もしかしたら、これが沙李の狙いだったのかもしれない。
怒ったというわけではなく、一発触発を打破するための、行動。……そういえば、沙李にはそういうところがあった気が……。……なんでだろう、思い出せそうになかった。興味が無かった……のだろうか?
まぁ、それはともかくとして。沙李が今度は僕に質問をかけてくる。
「ねぇ、ナガレだったらこれ、どうする?」
結局、僕も答えなきゃならないらしい。……めんどくさいなぁ。
「僕だったら……ヒントを得る。このままだと、何も分からないからな」
「じゃあ、何を調べるつもりだ?」
今度は蒼也から。
「それだけど……僕なら、『電子化』についてだけ、調べてみる。今のところ、まったく分かっていないのはこれだけだから」
「たしかにそうだね……私も、すっごく個人的に知りたかったワードだし」
「……あと、これは博打になるけど……」
正直、これ一つ分かってしまえば、上手くいけば全てが割れる可能性もあるのだけど……逆に、調べることを増やしすぎて、自滅しかねない危険性も、ある。
「『ウィザード』そのものについて調べてみる、ってのも手だ」
『あ…………』
二人そろって、そんなことに気付かなかったのかよ。思いっきり唖然としていた。……まぁ、現状に囚われていたら気付かないだろうけどね。
「このゲームはは純粋に、『ウィザード』を倒せばそれで終わりなんだ。だけど、そうすることは……ゲーム、特にRPGで見たら意味不明な行為に繋がるんだよ」
例えば、ゲームが始まった直後の、魔王を倒しに向かえという支持と最初の街のマップしか知らない人間に、いきなり裏世界とか真の魔王の存在とか闇の力を剥ぎ取るアイテムとか、そんなことを暴露されたって何一つ分かりやしないだろう。この例えだけでも、『裏世界』『真の魔王』『闇の力』『剥ぎ取るアイテム』という理解できない言葉が並ぶのだから。逆から調べるのは、本当に賭けでしかない。
そういった軽い説明を終えたところで、僕の話したいところは全て終わった。
「あとは、二人に任せる」
「……あれだけすげぇことサラッと言っておきながら、結局人任せかよ……」
蒼也は苦笑いしながら、それでも僕が説明する前の憮然とした態度とは打って変わってうれしそうに見えた。
で、そうなると、僕らが取る行動は最早一つしか残されていないようだった。それを確認する意味で、沙李が切り出す。
「じゃあ、今日はひとまず『電子化』についてのヒントを得るってことで、文句無いよね?」
それに、僕は気だるく首肯する。蒼也も頷き、ちょっと意地悪っぽく付け足した。
「ま、俺としては『ウィザード』のことを知るってのもいいかと思ったんだけどよ。魔法にあこがれる人間として」
「いっそ、魔法で検索してみれば?」
「おぉ、そりゃいい。なぁリュー、ちょっと、もう一度検討しなおしてみないか?」
今度は沙李が呆れる番だった。まったく、なんで蒼也、魔法なんてものが好きなんだか。もう高二なのに、夢見すぎじゃないか。
僕は「魔法がヒントに存在しなかったら意味無いな」とだけ返して、本題へ。落胆する蒼也の姿は見なかったことにする。
「じゃあ、『電子化』で検索するぞ」
もう、誰も他意はないようだった。そろって首を縦に振ったのを確認して、僕はキーを叩く。電子化と入力した後、エンターキーを押した。
画面が変わる。黒だけの画面に変化は見られないが、新たに『表示が終了した場合、あなた方は十日の時間を失います。よろしいですか?』というメッセージが開かれた。僕は構わず『はい』をクリックする。
刹那、再び画面が切り替わる。――これで、僕らから十日という期間が消滅した。
変わりに得たのは、無機質的に表示された、説明文だった。
~電子化~
このページでは、電子化について説明を行ないます。
電子化とは、ゲーム参加者が『電子体』になることをいいます。この『電子体』の状態では、触れた特定の物を『電子化』させることができます。この場合でも『電子化』という表現を使いますが、変化という意味では同一です。これは、ゲームの進行上無くてはならない能力です。
参加者が『電子化』する方法はイメージすること、ただそれだけです。『現実ではない自分』『電子的な身体』をイメージすることが近道となるでしょう。その際、変化した部分には通常では見られない現象が起こります。また、電子体から通常の体に戻る場合、逆のイメージを行なってください。
なお、自身の『電子化』の範囲はある条件を満たすごとに増加するということを留意してください。
「こんなの、ヒントなしじゃどうにもならなかったね……」
ボソッと、沙李が零した。……本当に、そのとおりだ。
あの『媒体』の破壊に『電子化』が必要とあったが、なるほど、こういう意味だったのか……最低でも、自分が『電子化』しなければ解決できるわけがなかったらしい。深く考えたことなんて一度もなかったが。
「問題は、その『イメージ』ってのがどうすりゃいいのかってことだよな……なんだよ、『電子的』な身体って……」
腕を組みながら画面を見つめて、悩ましそうに呟いていた。それに、沙李は。
「だったら、実際にやってみようよ。あれこれ考えるより、まずは行動する方がいいじゃん」
「ま、そりゃそうだな」
そう言って、蒼也は目を閉じてそのまま動かなくなった。次いで、沙李も「イメージ……」と呟きながら、天井を見上げていた。各々、思い描くものがあるらしい。
僕はというと、いきなりこんな現実味のない話を突きつけられてどうとも思えず、ただただやる気がなかったのでゲームでもやろうかと思ったが……これさえ終わればすぐ帰宅になると思い、仕方なく断念した。今からだと、殆どなにも出来そうになかった。
だから……やることは、各自想像する『電子化』を、宿題のように淡々とこなしてみるくらいだ。
「はぁ……とんだ貧乏くじだな……」
いつから、僕はこんなにも巻き込まれてしまっているのやら。と、思いつつも、ぼんやりと思考を切り替えることにした。
……『現実ではない自分』『電子的な身体』か……なんだか、それ、僕に似ている気がする。似ている、というよりは……理想、なんじゃないか? 僕は、現実になんて何も興味がなくて、ただ、ゲームさえやっていればそれでよかった。
何も感じない現実からの逃避……その逃げ道として、僕はいつの間にか『ゲーム』を選んでいた。電子的……というより、電脳空間への、進入。そのときだけは、現実から隔離されている自分が居た。
……楽しかった……というより……そうだ。僕は、ゲームをやっているときだけは、人間らしい『感情』みたいのが、現れていたような、そんな気がした。もしかしたら、それは登場人物への感情移入なのかもしれない。現実の『石城 流』という人格が『虚無』だから、別の部分で、僕が生きている、そんな気さえする。
何が、僕をそうさせるのか知らない。いつから、現実を拒むようになったのか知らない。そんなこと、自分に関すること、興味なんて一つもない。
現実に居る意味が見当たらない。だから、僕は……ゲームを……仮想空間を……望んだ。
僕は……現実なんて、いらない。僕は……ただ……。
僕に『現実』なんていらない。
僕は『仮想』でありたい。
自分という存在を否定する。……自分であって、自分でない『物質』への転換。変遷。変化。それを、ひたすらに、イメージに反映させる。ゲームをやっているときの、意識的な変化ではなく、身体的な変化を、目指して…………。
――瞬間。
僕の中で、何かが弾けた。……僕という存在の、何かに、変化が起きた。